※この日誌は、蒼天のソウラ二次創作です。
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「ロスウィードさん。」
「なんだ、ミャジ?」
「奴との距離を維持するのはいいとして…何故逃げ道を残しておくのですか?我々魔法戦士団なら、逃げ道の一帯を焼き払ってアザミを丸裸にできます。遮蔽物を奪って一気に畳んでしまえばよいのでは?」
作戦は順調だった。司令官の顔色を窺えば、自分達は作戦の続行で問題ないのだろう。この作戦の指揮を執っているのはロスウィードであり、ディオーレ女王からも信頼され任されているが、末端の団員でしかないミャジにとって疑問は残っていた。
「魔法戦士団には別の役がある。それにな、ミャジ、追い詰め方というものがあるのさ。」
「え?」
普段の、少しおちゃらけていい加減な姿も知っている分、低い声ではっきりと即答されたことにミャジは少しだけ怯んでしまった。
「確かに今の状況、ほぼ間違いなくアザミは仕留められるだろう。だが忘れるな。逃げ道を失った相手は土壇場で思いがけない力を発揮する。窮鼠猫を噛むと言うだろう?まして相手はA級危険人物。想定外など幾らでもあり得る。」
「…。」
「だから逃げ道を用意してやるんだ。幻想の逃げ道でいい。魔法戦士団が森を燃やせるかなんて相手は知らないわけだろ?実際には詰みの状態でも、逃げ道が魅力的に映るなら敗走の兵は全力で逃げる。逃げるために力を消耗してくれる。」
「…!」
「森の奥に逃げれば射撃が届かないと思えばそれでいいさ。逃げ続けてくれるからな。それこそ死に物狂いで、指の一本まで動かなくなるまで。その後じっくり料理してやるさ。そのためにわざわざ、"加減して撃ってやっているのだから"。」
「…うっす。」
お、おっかねえ…!
敵に回したくないわ、この人。化けモンかよ。
あ、化けモンでしたね、そう言えば。
これが…『鉄人』ロスウィード。一介の冒険者が叩き上げで、特務部司令部長にまで上り詰めた怪物。
リンドウとロスウィードたちはアザミから様々なものを奪い、削り取っていた。
魔力。体力。スタミナ。だが、もっとも重要なものは"戦意"だった。
いまやロスウィードの目論見通り、アザミの頭の中には逃げしか残っていない。平時の冷静なアザミならば、何らかの機転を効かせられたのかもしれない。
だがロスウィードは、砲撃で派手な轟音が鳴るように、街中を荒らさない配慮を以て用いられる防衛軍の砲弾では無く、女王のお膝元のウェナ諸島を荒らしてまで本物の砲弾を用いている。
あえて、だ。
砲弾が着弾と同時に爆風と轟音を撒き散らし、捲れ上がった土石が高速で頬を掠め、木々が燃えながらメキメキと音を立てて折れ、焼け焦げた倒木の音が響く。
死を意識させる爆音の響きによる重圧が、アザミの判断力を徐々に奪っていた。
これではどんな賢人だろうと思考が極端に鈍る。というか、頭がおかしくなる。
人は命を脅かす轟音に晒され続けると気が触れる。シェルショックがまさにそれだ。
「やるよ?やっちゃうよ!?」などと嬉々としてスイッチを押し爆音に包まれて平然としていられる人物など、どこかの爆弾魔くらいしかおるまい。
SAN値直葬。
とまでは言わないが、アザミには少なからず精神的な後遺症が残るだろう。それほどまでに追い詰めていた。
…後があればの話だが。
「敵に余計な事を考えさせない。ただひたすら逃げさせ、消耗させる。兵を攻めず、城を攻めず、心を攻める。どこかの東方の国の賢者もそんなことを言ってましたっけね。」
淡々と、同胞を殺した魔女を追い詰めながらも冷静さを崩さないロスウィードを見て、そんなことをアスカは呟く。
リンドウ曰く、魔女アザミはあの技量に達するまで10年をかけたそうだ。
たった10年で、世界から危険視されるほどの実力を極めるあたり、天才と呼ぶに相応しいのだろう。その経験の差に目を瞑れば。
ロスウィードも自分も天才などではないが、今日まで必死に生き延びる為に日々学び続けている。
武術、軍事、兵站、経済、兵器、政治、地学、心理学…。
学んだ分野など数えればキリがない。学ばない連中ほど、早死にするんだろう。
リンドウもロスウィードも知っていた。
学習力。
それこそが、人が持つ最強の力。リンドウは過去の空に浮かび輝く星々から。ロスウィードはヴェリナードに眠る膨大な蔵書から。それを活かし膨大な知識と経験を有しているのが、二人の強さの要因だった。
これが、"鉄人"ロスウィード。エリート揃いのヴェリナード軍を一介の冒険者が叩き上げで上り詰め、冷徹さと情熱を以て敵を殲滅する智将の姿であった。