※この日誌は、蒼天のソウラ二次創作です。
―――――――――――――――――――――
アザミは確実に疲弊を重ねていた。足元はふらつき、技のキレは精彩を欠き、敗走の兵の如く傷つき逃げ惑う。あの様子では目の焦点も合ってないだろう。
つまり、仕留める頃合いだった。
「…ちっ。」
不意に、水泡のように浮かんでは弾けた、あの頃の思い出。砂嵐の雑音のように、今更脳内を掻き毟る。
魔女を師に持つ者同士として出逢ってからの、無数の思い出。背中を預け合った冒険者だった頃の記憶。
今までの26年の人生の、僅か数年ばかりの思い出が、この身を引き裂くように叫び出す。
だが、要らない。もう感傷に浸る思い出など要らない。訣別の時が来た。
迷うな。甘えるな。目を逸らすな。
殺す。私が殺す。私の意思でアザミを殺す。
決めた。躊躇するな。いけ。やれ。行くぞ。
…よし。
アザミを確実に仕留めるために、リンドウがすべき事は単純だった。
ヴェリナード海軍の船に、仕留める頃合いだと合図を送る。
だから、リンドウが直上に照明弾を一発。それを撃つだけで全ては事足りた。
ドオッ!
夜天に一条の光弾が放たれ、やがて空中で花火の如く光が溢れた。星々を讃える夜闇にあってそれは誰の目にも明らかに輝き、当然離れた海岸沿いに停泊していたヴェリナード海軍の面々の目にも入った。
さあ、チェックメイトだ。
リンドウからのトドメの合図。もう充分にアザミは疲弊し、反撃の手立ても気力もない。そう判断を下しロスウィードが最後の指示を出す。
「鉄線砲弾…放て!」
砲が火を噴き、同じように弾が綺麗な放物線を描き飛んでいく。散々繰り返した弾着観測射撃は1ミリのズレも起こらず、真っ直ぐにアザミを射抜く軌道を通って行った。
一方、平等に輝いた合図の光弾はアザミの目にも留まった。今までの攻撃とは違う何か。それは何だ?合図?次のフェーズ?一瞬の思考を回し行動を起こそうと足を持ち上げるが、残念ながら着弾の方が早い。が。
「!?…っうう、あ、あああああっ…!!」
その着弾すらも予想より早かった。具体的には、目の前の宙空で砲弾が弾けた。その砲弾は時限式だったのだ。そして大量の細かな黒い塊が飛散して振りかかり、続いて畳みかけるように、全身に激痛が走った。
飛散してきた細かな塊は、まきびしに似た鉄の棘だった。まきびしだけではない。細かな針。棘だらけの小さな鉄球。分銅付きの鎖。そして有刺鉄線に似たチェーン。
当然、疲弊し切ったアザミにそれら鉄の細雨を捌き切れる気力もなく、ほぼ棒立ちのまままともに受け続けた。頬を、脚を、腕を。無数の鉄が掠り、刺さり、皮膚を斬り裂いた。かろうじて顔面だけはガードし切れたが、それでは補えぬほどの傷と激痛が全身を駆け巡る。
容赦のない痛みの信号。一瞬でも気を抜けばあっという間に意識を奪われかねない。無数の切り傷ができ、流れた血が皮膚を赤く染めるが、そこでアザミはようやく気付いた。これが仕留めたり致命傷を与えるための攻撃ではないことに。
何のために。その思考すらも後手後手で、気付いた時にアザミの脚には有刺鉄線が巻き付いており、棘が脚に刺さっていた。
今までかろうじて出来ていた回避の動きまでも封じられた!焦った。動機が激しくなる。何とか、何とか、何とかしなければ!解く?無理だ。無理矢理?脚が千切れる。巻き付いた木を切る?もう、体力が…。
「魔女を仕留めるのは、結構得意なんだよ。」
戦意を奪い、気力と体力を限界まで削り、激痛と血を流させ死を意識させ、鉄線で動きを封じる。そして、最後の一発の砲撃で、完全に沈黙させる。それが、ロスウィードが描いた、アザミ討伐のプラン。それは今、完璧に最後の一手にまで至った。
再び、真っ直ぐにこちら目掛けて飛んでくる黒い影が見えた。あれは、砲弾だ。さっきのような追い詰めるものじゃない。私を仕留める、必殺の一発。標的の死亡確認のために、無駄撃ちはしていない、か。
ああ…私は、ここで死ぬのか…?
こんな、呆気なく。積み上げた努力も、師匠への想いも、誓った復讐心も、こんな無様に転がったまま、ゴミのように朽ち果てる最期なのか?
嫌だ。嫌、だ。
終わるものか。終わってたまるものか。
必ず、復讐を果たすのだ。絶対に、負けられないのだ。
最早立ち上がる気力も失せ、うずくまったまま、アザミは腕に力を入れて指を持ち上げた。腕を動かそうとしていた。
その目にはまだ、信念が宿っていた。復讐の炎が燃えていた。生きようという気力が残っていた。諦めていなかった。
そして、アザミの意識はそこで途切れた。
ピピ
―――ピピ、ピ―――――
術者カラノ信号ガ途絶エマシタ
しすてむ異常ナシ
緊急もーどニ移行
ぐりもわノ再起動ヲ実行シマス