ミャジは戦慄していた。
起こっている事が現実味を帯びて頭に入ってこない。そんな感覚。
彼女だけではない。かいりという冒険者を見た大抵の武芸者は、最初同じ感想を抱く。
「ばく!れつ!ざん!」
大剣を叩きつけた地面が爆発し、戦闘員と見られる怨霊が雑多のように吹き飛んでいく。
「いっつも思うんだけど、その技名叫ぶのやめない?恥ずかしい。」
「何言うのぱにゃ!技名叫ばない英雄なんていないわ!」
そう。これが戦士かいり。突入部隊最強の脳筋。
実は、かいりには生まれつきの特別な才能というものがない。
魔法使いのように呪文は唱えられず、ライティアやライオウのような特殊な体質もない。携えた大剣一本を振り回すしかできない。生まれも育ちも血筋も、特別な経歴な一切ない。
冒険者を志すにあたって、天から与えられたものは間違いなく最弱クラスだろう。
加えて言えば、今回海底離宮攻略のための主要人員以外、つまり戦闘員を選出するにあたって最初に採用された冒険者であり、その理由は突入部隊に参戦した中で最も経験値が多かったからである。
「集団で組み付け!九人がやられようとも一人が仕留めれば奴はそれで終わる!」
「むっ。敵の動きが変わったわね…。ていうか喋ったわね。びっくり。」
戦闘員として採用された冒険者は、大小はあれど特殊な能力や一点に特化したスペシャリストであり、敵の大規模な兵力に対抗して、兵の質と現場指揮能力、そして冒険者の適応力を以て採用された者が多い。
ゆえに、大剣しか扱わない戦士枠は限りなく狭き門だった。単純に大剣一本だけでは攻撃の幅が出せないし、防御面や生存面でも不利だ。突入部隊に受かろうとして、大剣以外に様々な能力や特技を備えてきた応募者が多かったのが事実だ。
「遅い遅いっ!」
だが、かいりにはそれしかない。それしかできない。
そして、それだけならできる。誰よりも、何よりも。
親友が鍛えてくれた至高の剣。これ一本で、かいりは己の世界を切り拓いてきた。
斬るよりも叩きつけるような用途の多い両手剣でも、かいりならば鉄をも美しく斬る神速の太刀筋を見せる。
重く、素早い動きは向いていない戦士という職でありながら、かいりならば片手剣よりも軽く振り回し、時に大剣を使わず体術で仕留めにかかる。
人の標準的な強さに合わせられて現在のスキルになった特技も、かいりならば大剣一本で敵味方問わずあらゆる特技を再現してみせる。
その動きは最早一騎当千。彼女の突破力は事実、他のプロフェッショナルの工作員や後方組の動きをスムーズに進めるため、視線を集める絶好の目立ちぶりを見せていた。
「うおっ…灯籠流し!?メラゾーマを打ち返した!?って言うか、普通両手剣だけでそこまでしないでしょ…!?」
魔法が飛んできたなら剣で滑らせ目標を逸らす。攻撃を散らしてきたなら大剣を盾として扱いそこから反撃する。
かまいたち、まじん斬り、ギガスロー、マグマ、根絶やしの重撃、ギガブレイク、etc…。ただ豊富な技のレパートリーを持つだけでなく、要所要所で的確な技を選べる頭の回転の速さ。基礎的な能力だけでなく賢さや閃きまでもが天才的だ。
かいりに身近な戦闘の師がいたわけではなかった。
強いて彼女の師を挙げるならば、それは過去の冒険物語や英雄譚。それらに登場する技の数々。強く、派手で、美しいそれらの技にかいりは魅了されてしまった。
おかげで秘密の特訓場でも、やっていた事はそういった憧れの英雄たちの真似。普通の子どもならここで終わっていたが、かいりはその技を習得したいがために、あらゆる基礎的な能力を後付けかつ穴埋めで身に着けていったのだ。
駄目にした木刀は数知れず。参考にして読み耽っていた本はボロボロで、秘密特訓のまとめノートは10冊を超えてからは数えなくなった。
そして真似…模倣とは、あらゆる学問の最初の学び。技の一つが出力以外は完璧な再現を見せた頃には、かいりは既に名うての冒険者だった。その後ろに、おびただしいほどの積み上げた努力に目も向けないまま。
目標に向かって、どんな困難にもめげずにただひたすら一心不乱に走り続ける。特別なものを挙げるならば、きっとそれだろう。
「悪いけどこの程度の大群、猛吹雪の雪山でモンスター100匹(※拡張)に囲まれた時に比べればどうってことないのよ!」
つまり、かいりの強さの秘訣は単純である。
レベルを上げて物理で殴ればいい!経験値とは最大の武器なのだ。
…冗談ではなく、初めて見るような敵の戦い方にも過去の戦闘の記録と比べ合わせ、即座に対処出来るよう体が反応するのは、積み上げた経験値が違い過ぎるというほかない。現にかいりは此処まで、本当に初めて目にした相手というものを認識していないのだから。