リンドウの依頼を終えてヴェリナード城へと無事一行が戻って来たのは、当初の予定通り海底離宮攻略まであと数日というところだった。無事女王陛下への報告も終え、リンドウは作戦会議へ戻っていき、メンバーとはそこで別れる。
元々は攻略メンバーとして集められたゆえ、依頼が終われば後は一冒険者に戻るだけである。が、中にはやるべき事に回ったり、思うところがある人もいたようで、各々の顔つきにも変化があった。
特に、その色が強いのは彼女だ。
「…。」
正義の反対はまた別の正義。今やありふれた格言だったが、その意味がほんの少しだけ理解できた気がした。
善と悪。秩序と混沌。光と闇。正しい事。悪い事。性質、属性、在り方。あらゆる要素が絡まり交わって、複雑に今の時代を紡いでいく。…ああ。
「わかんなくなっちゃった!」
ずこー、と中空で器用に躓き転んだ動きをしたのは、ずっと傍で彼女の冒険を見守り、時に支えてきたかいりの両翼、ぱにゃにゃんとマユミだ。
「まあ、かいりに難しい話とか向いてないわよね。」
「力抜きなよー、かいり。」
かいりにシリアスは長くは続かない。難しい事はすぐ脳をキャパオーバーに追い込むので、向き合っては落ち込んだり悩んだりを繰り返すが、その分立ち直りも早い。
いや、彼女が考え無しとか、脳味噌まで筋肉とか、そういうわけではない。傍目にはそう見えるというだけの話だ。
「いいんじゃないの?アンタはそれで。」
「かいりは何事も全力だからねー。」
かいりという人間を少し見てみると、いかにも突撃思考の脳筋戦士で、大雑把で派手で、目立つような技や戦い方を好む人物かと思われる。けれど昔、かいりが二人に言った言葉で、とても印象に残っているものがあった。
いつだって、”楽しい”を考える。
初めて妖精二人と出会った時もそうだった。どこから来たのか、何者なのかも分からない彼女達を「面白そう!」という気持ち一つで受け入れ、自分達が何者かを探る旅をしてくれた。その明るさに、冒険心に、何度救われただろうか。
”この星が見る夢”とも称される、自我を持った妖精は、モンスターと違ってできることはほとんどない。半端に知性と自我だけがはっきりしているせいで、自分達は何者なのか、どうして生きているのか、分からないという不安に襲われる。泡沫の夢で終わるのではないかと、眠れなくなる日もあった。
だけれども、かいりを見ていると思うのだ。彼女には、全力で応えねばと。彼女はいつだって本気だから、こちらも本気で向き合わねば失礼なのだと。いつだってひたむきに走り続ける背中を追いかけていたら…いつの間にか、できることもずいぶん増えた。かいりのやる気に、引っ張られてしまう。
彼女の最大の武器が、”楽しい”なのだ。
けれど同時に…それはとても、難しい事だとも思う。それは、かいり自身でも思っていた。
強くなりたいと”上”を目指す以上、楽しい事よりも、苦しい事の方が多い。自分の事を、天才だと思うことは何度もあった。いや、今でもたまに思う。月一ペースで。
思い通りに戦えないのも、勝てないと諦めてしまうのも、絶望に膝を折るのも、負けるのも楽しくない。”楽しい”ではなく、”楽”に逃げてしまいたくなる時もある。
でもまるで、そんな事は関係ないと、たまの”楽しい”は来てしまう。そうやって、苦しい事は全部忘れて、楽しいに夢中になってしまう。
楽しいが、私を引っ張ってしまう。
強敵に戦いを挑む事は、楽しい。
苦悩に立ち向かう事は、楽しい。
苦境を乗り越える事は、楽しい。
弱い己に打ち勝つ事は、楽しい。
憧れを追い続ける事は、楽しい。
竜棲の世界の冒険(ドラゴンクエスト)は、楽しい。
この世界は、楽しいのだと、忘れては、思い出す。
そしてもう一度。リンドウのクエストを経て、その想いはまた深まった。
確かに、正義を掲げるのは楽しいのかもしれない。知らず知らずのうちに人を快楽に陥れて、盲目にしてしまうのかもしれない。
自分が正しく正しいものを選び続けられるのか。自分の正義を見失わずにいられるのか。正直保証はない。
それでもきっと、こういった道を選ぶ人は、好奇心や冒険心が勝ってしまうのだと思う。そういう性質…いや、人種なのだろう。そんな生き方を、辞められない。
それに、それが他人から見てどんなに危ういものだとしても、今はちゃんと自分を窘めてくれる二人がいる。だからもっと、冒険したい心を抑えたくないのだと思う。
「…ねえ、マユミ。ぱにゃ。」
「「…?」」
「りんどーをさ、私の仲間に誘ってもいい?」
そして今日、一緒に冒険をしたいと思った人が一人、増えた。
壊れた世界、歪んだ奇跡 ~完~
次回からはまた別視点からの前日譚を。