リンドウ達がイオリ村から帰還後も、ヴェリナード主導による離宮攻略への準備が進んでいた。
早ければもう出立を始めていてもいい頃なのだが、イシュマリクによる妨害工作は意外と多岐に及んでおり、物資や補給の滞りなどが災いし、思いのほか難航しているようだった。城へ向かっている途中に襲撃を受けた者もいたという。
熟練の冒険者としての勘が働いたのか…地道な攻略に切り替えた方針は不幸中の幸いである。冒険者達もただ作戦開始の合図を待つばかりでなく、各々が戦いのための準備へと静かに、しかし迅速に動いていた。
「…そうですか。勇者と盟友が…。はい、無茶を言ってすみません。そちらも大変でしょうに。…ええ、お願いします。」
通信魔術の接続を切る。秘匿中の秘匿、切り札の一つを絶対に悟られるわけにはいかない。そう思い、息を殺し最低限の情報交換で動いていたのだが…。
「今の話し相手、もしかしてルシェンダ殿かい?」
「っ…!」
身構えた。悟られた。たとえ仲間内でも明かせない情報。そう思い、咄嗟に杖を取った。
「…あ、リンドウ師。」
「やあ、バウム殿。」
顔を合わせたのはリンドウだった。人目を避け、武器庫の奥でグランゼドーラに通信を飛ばしていたというのに、見られたとなればおそらく読まれているのだろう。そして、その予感は的中した。
「今のもしかして、作戦に勇者か盟友を参加させられるかの確認かい?」
「…さすがですね。ええ、その通りです。すみません、仲間内にも明かせなくて。」
「いいさ。なんたって、バウム殿の所属はヴェリナードじゃなく、グランゼドーラだものな。」
率直に言って、今回の戦いで時間は敵に回るだろうと予測された。敵方は海底の陣地奥、復讐の月が完成するまでの時間を稼げばそれで戦略勝ちが確定する。しかも城を固めるのは、500年前のレイダメテスの大戦を生き残り、戦争を肌で知る熟練の兵や幹部達だ。今の時代の兵士はもとより、冒険者でも真っ向から同じ土俵では勝ち目がない。
だが、時間を利用する事はできた。もしも今回の戦で勝ち目があるとすれば、敵が冒険者というものを知らない事、そして作戦への本気度だ。まさか勇者か盟友が、魔王の軍勢とドンパチやっている傍らでこっちの戦いにも手を伸ばしてくるとは思わないだろう。間違いなく、今回の作戦の切り札の一つになり得る。
そういう事情ゆえ、敵が時間を稼ぐ間、こちらも勇者か盟友が作戦に間に合うまでの時間を稼がなければならなかった。ただでさえ少ない持ち時間だが、消費するだけの価値はある。
そして、そんな事情をブラオバウムが知るのは、偏に彼もまた、グランゼドーラから直接送られた戦力であるからだ。
「…で、間に合いそうなのか?」
「正直、厳しいです。魔王が誰彼構わず民草を手にかけてない幸運があっても、それでも時間が足りない。何せ、盟友が勇者と合流できたのすら最近なのですから。」
「いざとなったら、私の手の内をバラしてでも時間を稼ぐか…。」
なお、これがのちのフラグである。
「…それで、私に何か御用で?」
「ああそうだ。渡すものがあった。」
リンドウが渡したものは、白紙のカードのように真っ白な護符だった。
「…これは?」
「PINカードだ。魔力による障壁なんかを無効化できる。ま、それは白紙だけどな。」
空間分断系は破壊してしまえば早い。が、海底にあっては破壊すれば攻略など不可能だし、かつての魔王が地脈を利用して組み上げたとなれば容易ではないだろう。突入前に時間を喰っている訳にもいかない。
それならば、魔力障壁を通り抜ける方向にシフトした方がいい。幸い、敵の本拠地を包む障壁を造った張本人は既に亡く、付け入る隙はあるだろう。魔術のクラッキングならばお手の物のリンドウにとって、合鍵の即興作成は手慣れたものだ。専門が彼女だが、ブラオバウムも出来ないわけではない。
「私が魔力障壁を解除する符号(コード)を作れたら、そのカードに連携して自動的に同じコードが記録されるようになっている。万が一、どちらかの突入が遅れても侵入は問題ないはずだ。」
「そうですね…同時にいられる保証もないですし、有難いです。」
解除に手間取ったらごめんなさいね。軽薄そうに笑って、ブラオバウムはカードを受け取った。
グランゼドーラの抱える無冠の叡智が何を…と、少しだけリンドウも笑って返した。
カードの残りはあと何枚かある。誰に任せるべきだろうか…と、再び思案に耽る。
時間は残り少ないが、やるべき事はすべてやっておかねば…。そう思い直して、リンドウとブラオバウムは再び冒険者の群衆へと戻っていった。