和解について向き合う者もいる一方で、敵地での戦闘に備え鍛錬や軽い討伐クエストに勤しむ冒険者もいた。
その中で、考えすぎて知恵熱の出たかいり一行や、通称チャラ魚と呼ばれた凄腕の四人であるタカスィ、ラックシード、ライトアップ、ユージス達は共にPTを組んで活動していた。全員が前衛としての役割を求められる以上、生半可に防御に回らずに済むよう、チームワークを確認したいという意思もあった。
「…ん?」
「やあやあ皆さん。お疲れのご様子ですな~。」
そんな、汗を流して戻って来た七人の前に、テルキは現れた。如何にも胡散臭く、わざとらしい笑みを浮かべて。
「アンタは…テルキさん、だったか。」
「オイたちに何か御用ったい?」
「御用というほどのものでは。ただ、伊達男の皆様なら香水にも気を付けねばなりませんぞ。」
自分の鼻をとんとんと指で叩いて、テルキは視線を向けた。
「湿気と埃っぽさの中の、土臭さと機械油…。ボストロールやキラーマシンでも相手してきたのかな~?」
「…!」
「匂いは大事ですぞ~。特に魔物の返り血は匂いが強い。獣系辺りに襲われたりしませんでしたかな?」
ビンゴだった。討伐の帰り、崖の上に潜んでいたウィングタイガーに若干不意を突かれてしまったのだ。匂いという観点だけでそこまで分かるものなのか。
そこでぽん、と投げ渡されたのはシート型の消臭剤だった。隠形の魔法は数あれど、匂いまでカバーできる術はそう無い。用心に越したことはないという、彼なりの気遣いらしい。
「君達が無駄に傷つけば、私の仕事も増えるからね。回復の手間を省くのも僧侶の仕事だよ。」
「うおっ。いきなり真面目になるなっ!」
テルキとアヤタチバナが王立研究院に勤めていた頃の研究テーマは、『戦場の兵士のケア』だった。大まかに言えば、軍事医療倫理学の分野から、戦場の兵士の保護を行う。
戦場とは、人を最も激しいストレス下に置く環境だ。本来、戦闘という命を懸けた殺し合いは、人を極度のストレスに追い込む。都営新宿線の満員電車に近いレベルだ。いや、この場合満員電車が戦場並みって普通表現するとこよね。サラリーマンの皆さんはまさにコンクリートジャングルで戦う兵士。毎日ご苦労様です。
そんな戦場のストレスから、国の兵士の体や心を守るにはどうすれば良いか。テルキはその研究に日夜没頭していた。この国はどの種族よりも戦場の兵士に敬意を払う、高潔な種族。
テルキはそんな業界で、彗星の如く現れた100年に一人の逸材レベルの天才だった。彼の研究は日々戦場の兵士を守り、その知識を求めて大学の教壇に立ったこともある。人の匂いにとても興味を抱く変態ぶりを除けば、まさしく国の宝であった。
匂いに対する片手間の研究で、匂いを操る技術を編み出してもいた。その一つが、ラックシード達に渡した消臭剤だ。血どころか、種族としての匂いすら消すことができる代物。元は戦場の兵士が、仲間の血や硝煙の匂いで精神を病む事例から生まれたものだった。
「ところで皆さん?こーいうものに興味はおありかな?」
「…!」
だが、テルキはそんな世界で得た地位も功績も名誉も金も、全てを捨てて冒険者として生きていく事を決めた。彼の思想であったり、国が野放しにする事を危惧したり、或いは彼の腕に多くの信頼を寄せていたのもあり、当時の部下の中で唯一、アヤタチバナだけは同行していたが。
彼が研究院を離れた理由。それは、研究が兵を守るためのものではなく、兵士としての戦闘能力向上にも利用されていたからだった。
デュアルユース研究。
その研究の成果が、民生目的と軍事目的、どちらにも使える研究のことを指す。研究者である本人にその意志がなくとも、成果が学術分野を超えて影響を及ぼす可能性。
例えば、現代では鳥インフルエンザ研究の論文が国立衛生研究所に「バイオテロに悪用される可能性がある」と、NATUREに記述を差し替えられたなどの前例がある。
テルキ達の研究も、そのデュアルユースの可能性に引っ張られてしまった。
彼らの研究は、味方の兵士を守る一方…どれだけ効率的に兵士を使い潰し、また敵兵を砕くかという話に繋がった。
その事実に…テルキは他のどの研究者よりも怒りを露わにした。
「なに、それ?」
「おや。ご存じでない?」
怪訝な顔をするかいりとは対照的に、この場で、これからの戦争に対する前というこの状況で、ソレが何かを察した四人は、すぐさま警戒を露わにした。
「まあ、こんなものはもう、天才の私が撲滅してやったのだがね。これはただの頭痛薬さ。イメージとしては分かりやすいだろう?」
戦場の兵士御用達。魔剤。戦闘薬。疲労がポンと取れる魔法のお薬。ダメ、ゼッタイ。
別の世界での言葉で語られるソレは。
覚醒剤。