「…てな事があってのう。」
ソーリスの従者であるみみみっくは、仕える主の策の一つが不発であった事をブラオバウムに話した。
元々、自分達が魔族であると話せない身の上ではあるが、それでも見破られる事は何度かあった。ブラオバウムもその一人で、隠形の魔術もあっさりと見破られた時は驚いた。
「それはまた…ヘヴィですねえ。」
「ああ。無理強いは出来んよ。」
「ま、敵に回らなかっただけでも重畳でしょう。」
その場に居合わせていたのは、エイダに仕える従者という似た立場にいるゆキンカクであった。彼女の代わりに作戦会議にも参加して動きを把握していた流れで、彼もまた二人が魔族であることを知っていた。
「で、じゃ。先程妾が言った通り、妾達は魔族を裏切ったわけではない。太陰の一族を利用し合う者同士として、突入部隊の味方をしている。」
「ええ。それで構いませんよ。」
「お主達が和解などの形で、太陰の一族との戦争にケリをつけようとする限りは、妾達は突入部隊の味方。けれどもし、魔族との戦争を有利にしようとか、太陰の一族を隷属させるとか、そういう形の決着を望む気なら、妾達はいつだってお主らの敵になる。」
バウムやゆキンカクの前であろうと、一歩も怯む事無くみっくは言い切った。
「ほう。孤立無援の状況でそんなことを言うなんて、中々肝が据わっているな。気に入った。あくまで貴方達は、魔族と六種族との橋頭保を確保させようって訳だな。」
「その為に、命張ってるのじゃ。主や同志の命も掛かっているのだから、退く訳にはいかなくてのう。ちゃんと自分達の権利と意思は主張させてもらう。頼りにしておるからな。」
お願いだから、妾達を敵にしないでくれよ?チリチリと肌を焼くような魔力を向けて彼女はそう言った。この魔力の量と強度。若も含め間違いなく突入部隊の中でトップクラスであろう。
「ええ、勿論ですとも。共に手を取り合って…と、言いたいところですが…。」
一つ、確認させてください。怪訝な表情を浮かべて、バウムは探りを入れた。
「なんでそこまで、アストルティアのために?貴方達ならば、魔界に戻ることも、魔王に合流する事も出来るでしょう?」
頼りにしたいというのはこっちの台詞だ。
これから起ころうとしている事は、単なる軍事的・政治的な衝突じゃない。アストルティアの歩む未来を決めるかもしれないのだから。
国からの命を受けて来ているバウムには、逃げるなどという選択肢はない。
だが、この二人はそうではない。逃げる事だって、裏切る事だって出来るのだから。半端な正義感や功名心で協力するというくらいなら、いっそ…。
そこまで考えていた時、みっくは呆気からんと口を開いた。
「団子屋かのう。」
「「…はぇ?」」
あまりにも予想外だった返事に、二人は一瞬理解が追い付かなかった。
「ほれ。妾達って冒険者に混じって来とるじゃろ?けれど冒険者のノウハウなんて最初はなくてのう。」
「…?」
「昔はその日を乗り越えるのも一苦労でな。アストルティアの調査どころじゃなかったんじゃ。いやーあん時は苦労したぞ。マジに。冬の日本海並みに波乱万丈じゃった。で、そのうち資金も底を尽きてのう。王都の郊外で行き倒れかけて、身バレを覚悟して黄昏とったんじゃ。」
どこか懐かしむような彼女の姿や言動は、終始穏やかだった。
「生まれて初めてじゃったよ。客引きのエルフの娘に、店の団子を恵まれたのは。」
よそ者への排斥が強いゼクレスで過ごしてきたみっくやソーリスにとって、何の見返りもなく、当たり前のように食べ物を恵むそのエルフの娘の行動は衝撃だったのだ。
「アストルティアじゃ、種族も文化も異なる他人に対する偏見も、生まれや立場に対する差別もありゃしない。これはアストルティアじゃあ当たり前かもしれんが、魔族の社会じゃ考えられないものでな。まあ、妾達が魔族であるとバレていれば、また違ったんじゃろうがな。それを含めても、じゃ。」
ここでは誰もが、一人の住人として生きていける。それはたとえ魔族であっても変わりない。
もっと言えば、居心地がいいのだ、ここは。生きている気が、生かされている気がする。そう思っていたら、ここが好きになっていた。
「だから、無くしたくないんじゃよ。生まれも育ちも関係なく、半端者を受け入れてくれるアストルティアを。そういう、ここにしかない世界を…守りたいんじゃ。」
何となく…だが、納得してしまった。ああ、この人達にも、正義があるのだと。
「…ふっ。私は、エイダお嬢様の笑顔を見るのが生きがいだ。あの方が笑顔でいられるなら、私はそれで充分だ。」
「…ふふ。そちらも、支えたい主がいるとはのう。お互い大変じゃな。」
「ええ、全く。」
従者同士、何か通じるものもあるのかもしれないな。そんなことを思った。