シーンの冒険日誌

メラスはその夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、村へ到着したのは、翌る日の午前、陽は既に高く昇って、フレたちはフィールドに出てキラマラをはじめていた。メラスの自称レベル十六の妹も、きょうは兄の代りに討伐をしていた。よろめいて歩いて来る兄の、カクカクな姿を見つけて驚いた。そうして、うるさく兄に質問を浴びせた。

「ただいま原因を調査中です。原因がわかり次第メンテナンスを行います」メラスはテンプレ対応に努めた。「市に用事を残して来た。またすぐ急用を思い出さねばならぬ。あす、おまえの結婚式を挙げる。早いほうがよかろう。」
　妹は頬をあからめた。
「うれしいか。綺麗なドレアも買って来た。さあ、これから行って、日誌フレたちに知らせて来い。結婚式は、あすだと。」

　メラスは、また、カクカクと歩き出し、家へ帰ってスライムハウスを飾り、イベントの席を調え、間もなく壁に向かって走り始め、フレチャを受けても覚めない深い寝落ちに落ちてしまった。

　眼が覚めたのは夜だった。メラスは起きてすぐ、相方の家を訪れた。そうして、少しリアル事情があるから、結婚式を明日にしてくれ、と頼んだ。相方は驚き、それはいけない、こちらには未だ何の根回しも出来ていない、身内トラブルを解消するからお盆休みまで待ってくれ、と答えた。メラスは、待つことは出来ぬ、どうか明日にしてくれ給え、とヘビチャしつつ壁に押し付けてたのんだ。相方も頑強であった。なかなかOK!してくれない。夜明けまでAペチをつづけて、やっと、どうにか相方をターンエンドで叩き伏せた。

  結婚式は、真昼に行われた。新郎新婦の、ナドラガ神への宣誓が済んだころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつりライデインが降り出し、やがて低スペックマシンが固まるような大雨となった。イベに列席していた村人たちは、何かアクセ残り一個時点のリーネめいたものを感じたが、それでも、めいめい気持を引きたて、狭い会場の中で、むんむん蒸し暑いのも怺え、J◯SR◯Cに訴えられない程度に歌をうたい、手を拍った。メラスも、満面に喜色を湛え、しばらくは、管理人とのあの約束をさえ忘れていた。

  イベは、夜に入っていよいよ乱れグダグダになり、人々は、マシンのラグを全く気にしなくなった。メラスは、一生このままここで課金したい、と思った。この佳いフレたちと生涯課金して行きたいと願ったが、いまは、自分の垢で、自分のものでは無い。ままならぬ事である。メラスは、わが身に双竜打ち、ついに出発を決意した。あすの日没までには、まだ十分の時が在る。ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。その頃には、ラグも解消されていよう。少しでも永くこの家に離席マークしてとどまっていたかった。メラスほどの男にも、やはり未練の情というものは在る。今宵呆然、歓喜に酔っているらしい花嫁に近寄り、

「おめでとう。私は疲れていることにしたから、ちょっとご免こうむって寝落ちしたい。眼が覚めたら、すぐに市に出かける。大切な急用を思い出すのだ。私がいなくても、もうおまえには優しい相方があるのだから、決して寂しい事は無い。おまえの兄の、一ばんきらいなものは、バザー価格を釣り上げることと、それからコンプライアンス違反をする事だ。おまえも、それは、知っているね。相方との間に、どんな裏金でも作ってはならぬ。おまえに言いたいのは、たぶんそれだけだ。おまえの兄は、たぶんコロシアムランキングでは上位陣なのだから、おまえもその誇りを持っていろ。」

　花嫁は、夢見心地で首肯いた。メラスは、それから相方の肩をたたいて、
「仕度の無いのはお互さまさ。私の家にも、宝といっては、妹とオーブだけだ。他には、ゴールド以外何も無い。全部あげよう。もう一つ、妹のリアルは主婦だ。」
　花婿はうなだれていた。メラスは笑ってフレたちにも会釈して、イベ席から立ち去り、強戦士の書に単身もぐり込んで、死んだように深く眠った。

　眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。メラスは跳ね起き、南無三、寝過したか、いや、まだまだ大丈夫、廃人がラジオ体操を始めるような時間だ。これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。きょうは是非とも、あの管理人に、人の信実の存するところを見せてやろう。そうして笑って種族神像に上ってやる。メラスは、悠々と身仕度をはじめた。ラグも、いくぶんマシになっている様子である。身仕度は出来た。さて、メラスは、ぶるんと両腕を大きく振って、雨中、ドルボードブーストの如く走り出た。