「ここは……」
僕はまた、この色あせた空間にいた。
ゲイザーのリレミトによって、ニセモノの世界から引き戻されたのだ。
「でも……これからどうすればいいんだ?」
『フォッフォッフォ……。
どうやら、あなたは闇芸人になれなかったようですね』
「“闇芸人の根源”っ!?」
世代を超えて蓄積された、旅芸人への絶望。
こいつを倒せば、僕は元のアストルティアに戻れる……!
『無駄ですよ。私は肉体のくびきから解放された存在……。
思念体である私をどうやって消滅させるつもりです?』
「それは……」
『あなたはゲイザーと同じ。
闇芸人になることを拒んだが、旅芸人への絶望を忘れられない。
そんな半端者が、幾万人の絶望に抗えるものですか』
「くっ……!」
『今度は、闇芸人ではなく、
外道使い――“悪魔道化師”になる世界へと導いて差し上げましょう。
さあ、全てを忘れて悪夢の中でまどろむのです……』
「ダメだ、眠く……ああ……」
「って、なんでやねーーーーん!!」
スッパーーーーン!!
鮮やかなツッコミに張り倒され、僕は床に転がる。
「ゲッ、ゲイザー!? どうしてここに!」
「リレミトゲートはパーティ全員が使えるだろう?
心配になってオレも来てみたわけだ」
「いや、ここは……あっちの世界じゃないだろ!?」
「ここは、アストルティアとあっちの世界の間にあるんだろうな。
オレもギリギリ存在できるらしい。
それでホーリン。目は覚めたか?」
「あ、ああ……」
『どうやら、私の邪魔をしてくれたようですね。
半端者の、さらにニセモノの分際で……』
「なあ、闇芸人の根源とやら。
ちょっとだけオレに、こいつと話す時間をくれないか?
なあに、オレはすぐに戻るさ。
あんたを倒す方法を、こいつに教えたら、な」
『ほう、私を倒す……?
面白い。半端者風情が……
そこまで言うなら、少しだけ時間を差し上げましょう』
「恩に着るぜ。さて……」
ゲイザーは腕を組みながら言った。
「いいか、ホーリン。
たしかにオレは……。
いや、オレの元になった悪魔道化師ゲイザーは、中途半端なヤツだった。
最後は魔物ではなく、人間に戻り……光になって消えた。
魔物のように魔障に還るのではなく、
人間のように骸を残すこともなく、な」
「ああ、そうだったな……」
「そのゲイザーの思念の一部が吸い上げられ、
ニセモノの世界で具現化した。
分かるかホーリンよ。
闇芸人の根源が吸い上げるのは、旅芸人への絶望だけじゃない。
希望もまた、吸い上げるのだ。
だから旅芸人としてのオレや、ポルファン師匠も存在できたんだ」
「た、たしかに……」
闇芸人を生み出すために作られた世界に、
それを止める存在がいたのはおかしい……。
「絶望に打ち勝つ、旅芸人の光があれば。
ヤツを倒す……いいや、
希望の光で照らすことができる。
何千何万の絶望を、お前が晴らすんだ」
「でも、そんなの僕一人でできるのか……?」
「お前はポルファン師匠の弟子だろう?
師匠は、アストルティアで一番多くの旅芸人を弟子に持つ人だ。
お前と同じように、師匠の教えを受けた何千……、
いや何万人もの旅芸人の仲間がいる。
自分を信じなくてもいい。
師匠を信じろ。旅芸人の仲間を信じろ!」
「師匠を……仲間を……」
『フォッフォッフォ……そんな言葉遊びで、
私を倒すことができるというのですか?
そろそろ去りなさい、ゲイザー。
でなければ消し飛ばして差し上げますよ?』
「ああ、分かっているさ。
伝えるべきことは全て伝えた」
「それじゃ、オレは行くぜ、ホーリン」
「ゲイザー……」
帰り道なのだろう、階段に足を踏み出す。
「そうだ、弟弟子よ。
最後に一つだけ、教えてくれ」
「……なんだ?」
「さっきのオレのツッコミ、どうだった?」
「…………。
最高だった。最高のツッコミだったよ!」
「オレは、芸で……お前を救えたか?」
「ああ。もちろんだよ……」
「そうか。ははっ、今さらだけどな。
それが聞けてよかった。
じゃあな弟弟子よ。今度こそ、さよならだ」
「ゲイザー……兄さん……!」
「誰が兄さんやねーーーん!!」
スパンッ!
どこからともなくツッコミが飛んできた。
次の瞬間、ゲイザーは今度こそ……消えていた。
『フォッフォッフォ。
旅芸人の希望?
そんなものがあるはずがない……。
あるのなら、私もぜひ見たいものですよ』
「あるさ。必ず――見つけてみせる……!」
今まで出せなかった答え。
命をかけた旅芸人の証明を、今度こそ……!
(第14章に続く)