ポルファン師匠がどういう人なのか。
旅芸人なら知らない人はいないだろう。
「なはは。来ちゃった、見つけちゃったよお!
いよっ! レベル30以上の旅芸人!
おめえさんは、いい空気、持ってるなあ」
「なあなあ、おめえさん。オイラ思うのよ。
人をドカーンと笑わせられるバカは、
救うこともできるんじゃねえかってなあ」
「おめえさんもオイラの弟子になって、
そんな旅芸人を目指してみねえかなあ。
一緒に、芸で人を救っていこうじゃねえか」
飄々として捉えどころがなくて。
軽やかな語り口と、明るい振る舞い。
「覚えておいてくれよ、ホーリン。
芸は、人を救えるんだぜえ」
いつだって希望に満ちた言葉をかけてくれた師匠。
僕たちは、その横顔を見たことはあっただろうか。
そこにはわずかな影も存在しなかったのだろうか……。
『フォッフォッフォ……。
ゲイザーは去りました。
これでもう、あなたを闇に染めるのに邪魔は入りませんよ』
“闇芸人の根源”が語りかけてくる。
『私、好きなんですよ。命をかけた戦いが。
ここからは私とあなた、絶望と希望、
どちらが勝つかの戦いです。
フォッフォッフォ……さあ、楽しみましょう!』
闇が、僕の意識を侵食してくる。
旅芸人たちの嘆き、悲しみ、絶望に……
僕自身の心が引きずられ、負の想念に染められていく。
旅芸人は無力だ。旅芸人は役立たずだ。旅芸人は不要だ。
「違う……! 師匠はいつだって、希望を語ってくれた」
「……じつはなあ、オイラも昔、
芸で人を幸せにしようと考えていた師匠と
各地をまわって芸を披露していたのさ」
「その旅にはよお、師匠の信条に共感して
芸を愛する魔物が同行していたのよお。
オイラの兄弟子……ルルルリーチだなあ」
――天才と信じた兄弟子の手で、師匠が殺され。
「芸は人を救うって言う、オイラの信条に感動して
そのころお弟子入りしたのがゲイザーでよお。
あいつはかなり優秀だったぜえ」
「面白い芸で、病気の母を救いたいって言う
一途な情熱と才能に、オイラは感動してよお。
あいつにいろんな芸を教えたんだなあ」
――手塩にかけて育てた愛弟子は裏切り、そして死んだ。
「あいつを倒して、かわいい旅芸人たちがよお
笑って、芸をやれる世の中にしてえなあ」
身近な人たちを失ったのに、
なぜ、そんな風に言えるのだろう。
なぜ、絶望で足を止めてしまわないのだろう。
たくさんの旅芸人が、笑って、やがて泣いて、最後には絶望した。
それらが集まって、生まれたのが“闇芸人の根源”……
絶望を超えられなかった旅芸人たちの心だ。
僕は、僕たち旅芸人は、ポルファン師匠の事を。
冴えない、目立たない人だと、ほんの少しでも思わなかっただろうか?
軽妙なアクロバットと粋な人柄で人気の、オルフェアのナブレット団長。
ノリノリのダジャレで場をなごませてくれる、レンジャーのポランパン支部長。
愛らしさとウザさに定評のあるメギストリスのアルウェ王妃。
放浪の吟遊詩人、神秘の予言者であるフォステイル。
プクリポにはスターが多いけれど……そういったプクリポの歴々と、どこかで比べてしまっていなかっただろうか。
あるいは、他の職業にもそれぞれ居るだろう、教え、導いてくれる人たちと。
「……でも、今ならわかる」
師匠は、乗り越えたのだ。
絶望を乗り越えて、若き旅芸人たちに芸を託している。
師匠は自分の過去を、淡々と、なにげなく話しただけだ。
だから気づかなかった。
師匠は自分の師匠と、兄弟子と、愛弟子を失ってなお、自らの芸を託す弟子を育て続けた。
装備を与え、必殺技を教え、証を授けた。
アストルティアの旅芸人たちは、みんなポルファン師匠の弟子だ。
何千人、もしかすると何万人の旅芸人に、それだけのものを与えたのだ。
それがどれだけ尊いことなのか……。
プクリポのスターたちも、他の職業の師たちも、けっして旅芸人に何かを与えてはくれない。
「師匠こそが……。もっとも、旅芸人を愛しているんだ」
その師匠の弟子のひとりが、僕。
だから僕も、師匠と同じように、絶望を乗り越えられる。
そして、師匠の声が、脳裏に響いた。
“ホーリン。オイラに、いつか見せてなあ。
笑いの極みにたどり着いたバカの芸をよお。
それができたら、伝説の旅芸人と呼ばれるぜえ”
それはいつかの過去。
そして、未来からの……声だった。
(第15章に続く)