エピローグ③ — 光の猫と約束
「それ、ちょうだい」私は掌をひらく。
灯りどろぼうはひと呼吸して、コルクをぽん、と抜いた。跳ねた火花が私の手にぬくく触れ、「おかえり」と言った気がする。私はそっとランタンに戻す。オレンジ色がふわっと膨らみ、庭の色温度が一段上がった。
「約束ね」私は猫の影を指す。「祭りのあいだはこの子が見張り。君のいたずらは“笑える範囲”まで」
「はーい」お面の下で舌を出し、どろぼうは石垣をぴょんと登って夜へ消えた。残ったのは、シナモン、枯れ葉、そして灯の匂い。
「みるく、やっぱ天才」
「知ってる」
「自分で言った!」
笑いながら戻る道すがら、シオンが横目でこちらを探る。
「……でもさ、さっき“風だけのせいじゃない”って言ったろ。胸の火、最近すぐ消えがち」
足が半歩止まる。ランタンの光を指先でつつくと、薄い熱が皮膚に移る。
「夜は好き。でも、暗さに寄りかかると不安になる。画面の光ばかり追うと、見上げるの忘れて、心が寒くなるの」
「なら、今夜は見上げる日だ」シオンは空を指す。星の穴から山の冷気が降り、頬がきゅっと澄んだ味になる。
門前に立つと、客のざわめき、遠くの太鼓、焼き菓子の甘い香り。光の猫が門柱に座り、尻尾で月をなぞった。
私は大きく吸って、声を張る。
「――こんばんは、みるくです。ハロウィン仕様、完成!」
つづく:合言葉は? そして本番の“演出”へ。

エピローグ④ — 合言葉と帰る場所
「合言葉は?」
「トリック・オア・トリート!」
返事が重なった瞬間、杖先で合図。ぱんっ――無害の小さな花火が弾け、光の猫が追いかける。ランタンが笑い、子どもたちが跳ね、屋台の紙コップから甘いアップルサイダーの湯気。私はマントの端でカップの底を拭い、指に残った砂糖をぺろり。「子どもみたいな味がする」
「もっと驚かせて!」
「じゃあ三回まわって『お菓子ください』」
“えい、えい、えい!”――杖先から飴玉がころん。モフが歓声をあげ、笑いが波紋のように広がる。
シオンが肩を落として息をついた。
「何?」
「みるくの顔、戻った。“夜の顔”。灯りを見つけた人の顔」
私はランタンに手を当てる。ちゃんと熱い。胸の火も、ちゃんと熱い。
「忘れないでいよう。火が弱ったら空を見る。葉の音を聞く。隣に合言葉。甘いものは半分こ」
「はい、まず半分こ」パンプキンパイを割ると、香りがふわり。
祭りは続く。冷たい風、あたたかい笑い、太鼓の鼓動。
門に立ち、もう一度お辞儀をする。
「今夜はごゆっくり。いたずらは笑える範囲で。お菓子は山盛り。迷子になったら光る猫が案内します」
「はーい!」
星がひとつ流れ、ランタンがぱち、と笑った。
私は胸を張る。
「こんばんは、みるくです。――おかえり、そして、いらっしゃい」