浦島みるくと総帥Yへの遠い道
東京には朝から熱中症警戒アラートが出ていた。みるくは薄い水色のTシャツに七分丈の黒いズボンをはき、首には冷凍庫で冷やした保冷剤を巻いて、扇風機の前に座っていた。机の端には飲みかけの麦茶と、昼に食べた冷やし中華の皿が残っており、きゅうりが一本だけ端に張りついている。外へ出れば靴の裏まで焼けそうだったので、今日はアストルティアで涼しく遊ぼうと思い、経験値の通帳を開いた。
「でたー!」
通帳に貯めていた経験値を受け取ると、数字が勢いよく増え、長い間止まっていた職業のレベルが次々に百四十になった。戦士も僧侶も魔法使いも盗賊も、みるくの職業欄には見事な数字が並び、本人は麦茶の氷をカラカラ鳴らしながら胸を張った。以前は一つの職を上げるだけでも何日もかかり、途中で眠くなってキラキラ拾いへ逃げたことまで思い出した。全部の職業を百四十にしたのだから、これで総帥Yへの道も一気に近づいたはずだと考えた。
「ふふん、今日のみるくは一味違いますよ。」
ところが防衛軍へ行き、いざ職業を選ぶ段階になると、みるくの指が止まった。今回は海賊で参加することにしたが、装備欄を見ても、どの技を最初に使えばよいのか思い出せない。大砲を置くのか、散弾ショットを撃つのか、それとも先に何かの強化をするのか、頭の中には昨日の夕飯で食べた焼き鮭の皮ばかり浮かんできた。仲間が次々に門へ走っていく中、みるくはその場でくるりと一周した。
「この職、何するんだっけ。」
自分で言った直後、みるくは声を上げて笑った。全部の職を百四十にしたのに、中身は玉手箱を開けた浦島太郎のようで、長い白ひげまで生えてきそうだった。画面の向こうでは敵が押し寄せ、仲間が必死に戦っているのに、みるくはスキル欄を開いたり閉じたりしながら、ぼけ老人のように首をかしげている。冷房の効きが悪い部屋では、洗濯物のタオルが扇風機の風で揺れ、麦茶の氷はすっかり溶けていた。
「総帥Yへの道、遠すぎるでしょ。」
それでも戦いが始まれば、分からないなりに大砲を置き、仲間の動きをまねして技を使った。完璧には程遠かったが、防衛に成功した瞬間、みるくは濡れた前髪を指で持ち上げ、冷蔵庫から新しい麦茶を出した。レベル百四十は終点ではなく、やっと取扱説明書を渡されたところなのだと思えば、まだ笑っていられる。次は職業ごとの動きを少しずつ覚えようと決め、みるくは空になった冷やし中華の皿を台所へ運んだ。
「諦めたら試合終了です。総帥Y、待っていなさいよ。」