準備は錬金酵素を助けないのでしゅ
三十階の魔天鳳レアルフスたちを六回目で倒し、その勢いで三十一階もクリアしたみるくは、三十二階へ進む準備を始めた。画面の幼女は神官装備へ着替え、現実のみるくは水色のTシャツに灰色のステテコをはいて、散らかった机へ攻略帳面と冷めた麦茶を並べている。女神の杖はランク五にして、メイルストロム型、メイルストロムの強化、攻撃魔力アップをつける予定だった。神官の頭と体上にはHPアップ、体下にはMPアップが必要だが、防具を作り終えたところで錬金材料が底をついた。
「三十一階まで登ったのに、材料だけ下の階へ忘れてきたんでしゅか?」
みるくは倉庫を開き、同じ材料を上から下まで確認した。数え直せば増えるかもしれないと思って三回数えたが、一回目と二回目と三回目で個数が違っただけで、必要数には一度も届かなかった。海魔の眼甲にはためる参、木彫りのロザリオには聖女の守りをつけたいのに、錬金画面の不足を示す文字は赤いままである。三十階で五回床へ転がされた経験から、準備不足のまま突っ込めば、また胃薬まで装備品になることは分かっていた。
「赤い文字を気合で緑にはできないんでしゅか。かわいい幼女割引を希望しましゅ」
みるくは台所へ行き、残っていた大根と豆腐を味噌汁へ入れた。鍋が温まるまでの間に、洗濯機の上へ積んだタオルを三枚畳み、四枚目は端がそろわなかったので丸めて籠へ入れた。冷蔵庫には卵が一個、使いかけのねぎが半分、輪ゴムで留めた割引券が二枚あったが、魔塔の錬金材料に転用できるものは一つもない。湯気に味噌の匂いが混じると、みるくは本田圭佑の言葉を思い出した。
「言い訳の材料は排除できても、錬金の材料まで排除したら困るんでしゅよ」
準備の段階で試合は始まっているという言葉も、今のみるくにはよく分かった。女神の杖を作り、神官装備をそろえ、必要な錬金効果を書き出す時間も、すでに三十二階の戦いの一部である。ルイ・パスツールは偶然が準備のできていない人を助けないと言い、ヘンリー・フォードも成功にはまず準備が必要だと言ったらしい。しかし、どちらも錬金材料が足りないときの入手先までは教えてくれなかった。
「世界の偉人さん、名言だけでなく素材を一個ずつ郵送してくだしゃい」
味噌汁を飲み終えたみるくは、攻略帳面に不足している材料と個数を書いた。装備が完成していないことを、自分が駄目な証拠にする必要はない。三十二階へすぐ突撃しないのは逃げではなく、三十階の六回に及ぶ戦いで胃を痛めながら覚えた立派な判断だった。素材を集めるために下の階で戦えば、錬金材料だけでなく、女神の杖やメイルストロムの操作にも慣れられる。
「悲観的に材料を数え、楽観的に敵を倒すのでしゅ」
みるくは神官装備を着た幼女を下の階へ戻し、素材集めを始めた。準備とは、完璧になるまで動かないことではなく、足りないものを一つずつ見つけて埋めることだった。帳面の汚れたページには、女神の杖、神官装備、海魔の眼甲、木彫りのロザリオが大きな字で並んでいる。最後にみるくは、その下へ一番大切な装備を書き足した。
「胃薬は準備できていましゅ。でも、できれば三十二階では使わずに勝ちたいんでしゅ♡」