周囲を高い山に囲まれ、特殊な潜水艇で海底洞窟を抜ける以外には、鳥にでもなって空を飛んで来るほかない外界から孤立した場所にその王国はある。
王国の玄関口となっている浜辺に降り立つと、正面には高い石垣。
丘陵地帯の多いこの王国では、斜面を削って土留めの石垣を積み、居住スペースとなる平地を確保しているようだ。
私が隙間なく積み上げられた石垣に感心していると、そんな様子が珍しかったのか一人の少女が声をかけてきた。
「旅人か?」と聞かれたので「そうだ」と答えたら、案内をしてくれると言うので後ろを付いていくことにした。
浜から高台へ上がると、小さな家なら数件は建てられそうな空き地がある。
建国に貢献した人物から名前を取って『アレアレ広場』と名付けられたその場所は、公園として整備されたがあえて遊具などは置いてないらしい。
休日の家族連れが敷物の上でお弁当を広げたりボール遊びに興じたりと、それぞれが思い思いに利用して欲しいと言うのが設計者の意図なのだろう。
広場から石段を上ると、左手に見えてくるのが王国の台所『モナン市場』だ。
話をしてくれた店主によると、食料品から日用雑貨はもちろん、大型の家具や魔王と戦える武具まで揃っていると言う。
市場の名前は国王自らが命名したもので、市場で働く仲間たちはそれを誇りに思っているのだと店主は胸を張る。
案内役の少女は「そんな話は知らない」と訝しがったが、他の店主たちも同様に国王の命名だと口を揃えていたので、それが正解なのだろう。
首をかしげて納得のいかない様子の少女だったが、案内人としてはまだまだ未熟で要勉強と言ったところか。
店主たちに見送られながら市場を後にして「次で最後」と言われた石段を上りきると、緑の屋根が印象的な洋館が姿を現す。
設計者の名前から『ガブリィ宮』と呼ばれるこの建物は、その立地や豪奢な造りから王の御座所と思われたが、国外から訪れる客人向けの『迎賓館』として設計されたと言う。
客人を最上級のおもてなしで迎えるべく細部にまで拘って建築されたが、本来の目的で使用されることは殆ど無いため『迎賓館』として使用されない日は『多目的ホール』として国民に解放されている。
「誰でも自由に入って良い」と説明されたものの豪華な扉を前にして気後れしていると、そんな私の横を案内役の少女がすり抜けて建物の中へ入って行ってしまった。
何の遠慮も無く自分の家にでも帰るかのように中へ入っていった少女の様子を見て、敷居が低くなったように感じた私は彼女の後に続くことにした。
建物内部は一階から二階まで吹き抜けになっており、中央の大広間を二階通路から見下ろせる造りとなっている。
天井が緩やかに弧を描いているのは、少ない柱や壁で天井を支えるための工夫だろう。
その天井には大きなシャンデリアが吊るされ、ロウソクのやわらかい灯りが広間全体を照らしている。
周囲の壁には様々な絵画が飾られているが、その大半は貰い物であると言う。
外国からの贈り物であったり、国民から寄贈された物なのだろう。
私が壁に掛けられた絵に気を取られている間に、ずっと案内をしてくれていた少女が居なくなっていた。
世話になったお礼にお小遣いでも渡してあげなければいけないと言うのに、何か急用でも出来たのだろうか? 彼女に悪い事をしてしまった。
ガブリィ宮では月に1~2度、種族や身分を問わず国王と会食ができる夕食会が催され、幸運にも今日がその日であるらしい。
国王が着座するであろうテーブルには次々と料理が運び込まれ、どんな屈強なオーガでも食べきれないと思われる大量の料理が並べられていく。
この国ではどのような料理が好まれるのか興味を惹かれるものの、あまり熱心に見つめて食い意地が張っていると思われてもいけない。
周囲の目を気にしつつ控えめに料理を観察していると、にわかに広間のザワつきが増していよいよ国王の御成りが近い事を予感させる。
これほどの料理に見合う大食漢の国王、いったいどの様な大男がやってくるのか今から楽しみだ。
アネット王国探訪編【一日目】完
【あとがき】
古い日誌を読み返しているときに出会う『写真が消えてしまった日誌』の残念さが以前から気になっていたので、写真に頼らない日誌を考えてみました。
第三者目線にしたのは、その方がイメージがしやすかったからです。
第三者の想像や解釈という言い訳をつけることで、色々と遊べる部分ができました。
ハム・ソーダーさんはとある冒険好きの少年から名前を頂いてます。
いい加減な記憶の結果、アネさん風に変換されていますが。