昨夜の夕食会で給仕をしていたオーガの男性が是非見ておくべきと熱心に薦めてくれた『墳墓ロイナー遺跡』は、アネット王国が誇る歴史遺産である。
遺跡と聞いて町から遠く離れた郊外を想像した私は「いったいどれほど歩かされるのだろう」と身構えていたが、ガブリィ宮から南へ進んで橋を渡ると直ぐにシンボリックな石柱が視界に入ってきた。
人々が日常生活を送る街中で歴史を感じさせる石柱が立ち並ぶ景色を見られることもそうそう無いが、近くまで歩いて行くと辺りを埋め尽くす大量の砂に驚かされる。
あまりに唐突で何の脈絡もない光景に、人の手による演出的な物かとも考えたが…
それにしては大掛かり過ぎるし、何よりその砂が海岸にあるようなものでは無く、より粒子の細かい砂漠にある砂に酷似している点が不思議でならない。
しゃがみ込んで砂を撫で、手に取って感触を確かめていると、そんな様子に興味を持ったのかエルフの女性が声をかけてきた。
「旅の方ですよね?」と聞かれて、極力愛想よく返事を返したのは昨日出会った案内役の少女が頭をよぎったからに他ならない。
ホウキを手に歩道の清掃作業をしていたその女性は、遺跡の関係者かと思われたが国王に仕える侍女の一人らしい。
遺跡を覆う大量の砂は放っておくと人の出入りや風で周囲に拡散してしまうため、仕事の空き時間を見つけては遺跡周辺の清掃をしているのだと言う。
初めは「砂埃が汚い」程度の気持ちで始めた清掃活動だったが、続けて通う内に遺跡の関係者とも親しくなり、ここへ来るのが楽しみになったと笑顔を見せる。
学者や作業員と話をするうちに自然と遺跡の知識が身に付き、今では観光客から遺跡の解説を求められることもあるのだとか。
彼女の話によると…
この遺跡は墓として作られたものでは無く、何か別の目的で作られた建物に何らかの理由で死者が埋葬されたものらしい。
それは、埋葬を目的としたとは思えない建物の構造と、建物と埋葬に使われた石棺の作られた年代にズレがある事を根拠としている。
また、この遺跡と遺跡の周辺には激しい高温や低温にさらされたと思われる痕跡が散見され、魔法による大規模な戦闘があったことを示唆していると言う。
そしてこれらの情報から学者が立てた推論は…
かつてここに住む人たちにとって大切な物…つまり秘宝の類を安置するための建物があり、それを狙う者との間で大規模な戦いが起こった。
激しい魔法の応酬は大地から生気を奪い、炎と氷の魔法は極端な温度の変化によって風化を加速させ、それにより大量の砂を出現させる。
戦いは『狙う者』の勝利となり、大切な物は奪い去られて役目を失った建物と多くの屍が残ることになった。
その結果、死者の埋葬地として建物が再利用され、当初の目的とは違う形の墳墓となり後世に遺された。…というものらしい。
確かに残された痕跡を上手につなぎ合わせてはいるが、少しばかり想像部分の割合が多すぎるのでないか?との疑問も湧く。
だが、目を輝かせながら話をする彼女の様子に「これも一つの楽しみ方だな」と、難しく考えるのは止める事にした。
学者たちの推論が少々抒情的になるほど、この遺跡には想像力を掻き立てられる魅力があるという事なのだろう。
返す返す残念なのが、これほどに人々を魅了する遺跡の内部を見ることができない事だ。
以前は一般公開されていたが、経年劣化により脆く壊れやすくなっている箇所があるため現在は入場が制限されていると言う。
なんでも、小さな少女が軽く壁に触れただけで大穴が開いたり、歩いただけで床材にヒビが入ったと言うのだから、安全を考えれば仕方ない措置なのかもしれない。
現在、補修と補強工事が進められているという事なので、工事が完成して再び内部が公開される日を楽しみに待つとしよう。
アネット王国探訪編【二日目】完