ここは女神が懐、
光の河の奥底にある「深淵の檻」。
顔の付いたプリン?はたまた、
蜘蛛のような形状のレモンスライム?が…
まるで「茶釜」のような外殻を身に纏ったような。
そんな形容し難い魔物が這いずり回る。
深淵の咎人が一、
【凶禍のフラウソン】と呼ばれている存在だ。
…奴が呪文で降らせた大火球の雨を、
居合わせた仲間達との連携でどうにかかい潜って
おれは大きく跳躍した。
『 いい加減倒れてくれよォ!?
こンの…!茶釜ァァッ!
空中で、剣に全身全霊を込めて大上段に振りかぶり、そして前転するように身体ごとぶつけてゆく。
『アルテマソード』。
我が剣術における、秘奥義の一つだ。
しかし…
命中の瞬間。
あろう事か、フラウロスは
その流動する身体を、一瞬にして茶釜…
外殻の中に引っ込めたではないか。
『 なッ!? 』
しかし、こちらの
勢いの付いた剣は、急には止まらない。
“ パギャァァンッ! ”
渾身の力を込めた剣は、悲鳴のような
何とも言えない甲高い音を立てながら
見事に『茶釜部分』にぶつかり…そして。
☆ ☆ ☆
☆ ☆ ☆
『 お、折れた…
『 はあ…何やってんだよ。
神都フォーリオンの酒場の片隅に、
ため息二つ。
…とりあえず折れた剣は鞘に納めた。
折れた原因は…茶釜が硬かったのもあるだろうが…
おそらく決定打となったのは、
少し前に、海賊と戦り合った時。
刃折りの刃…『ソードブレイカー』を
まともに刀身に受けた事。
あの件が、剣の寿命を
大きく縮めてしまったのだろう。
☆ ☆ ☆
☆ ☆ ☆
腕を組んでため息をついたのは、
エルフ型魔族の【 ツキモリ 】。
まあ…腐れ縁の、旅の相棒のようなものだ。
『 いやあ、本当に参った。
『こんな時』に…
おれは後ろ手で頭を掻いた。
☆ ☆ ☆
☆ ☆ ☆
外に出て空を見上げれば、
【 魔眼の月 】と呼ばれる
『 ジア・クト念晶体 』の居城が
嫌でも目に入る。
『 いつ奴らが動き出しても
おかしく無いってのに。
『 別に…今更お前一人居なくても
戦況は変わらねえだろ。
『 そりゃあまあ…そうなんだが…
ツキモリに痛いとこを突かれて
おれは ぐっ、と言葉を詰まらせた。
確かに戦場は、やれ神だの英雄だの…
敵は幾多の世界を滅ぼして来た存在だの、と…
もう とうに おれ達、一介の冒険者が
介入できるような状況では無くなってきてはいる。
『 それでも…魔界の決戦の時のように、
頭数が必要になる可能性はあるさ。
『 ふん、まぁ僕はどうでもいい。
その辺の剣では代わりにならねえのか?
『 こう見えて、特殊な剣でな。
同じ物は手に入らないし…
鍛え直すなら、魔界に行かないとダメなんだ。
『 魔界…だと?
『 ああ、ツキモリ。
お前に声をかけたのも、実はその為なんだ。
今回折れた愛用の剣は、
見た目こそ、エテーネ王国軍で採用されている
ごく普通の広刃の長剣なのだが…
その刀身は、魔界産の鉱石と、
ネクロデア王国の技術によって鍛え直されていて、
仕上げに僅かながらだが、輝晶石による
魔法的なコーティングも施された業物。
いわゆる『 魔剣 』と呼んで
差し支え無い一振りなのだ。
『 ネクロデアの技術だ?
とうの昔に滅びた国の名だぜ。
【オバケの友達】でもいるのかよ。
『 まあそんなとこだ。
ツキモリの冗談に、おれはニヤリと笑って返した。
『否定しねえのかよ』と、奴は再び
うんざりした顔で、ため息を吐く。
『 ま、いいだろう。
お前一人で魔界に行くより、
僕が居た方が確かに
何かとスムーズに進みそうだ。
『 おお、話が早いな!
ありがたい、助かる!
『 別に…
お前には一応、借りもあるからな…
魔族は照れたようにそっぽを向いた。
ぶっきらぼうに見えて
案外、義理堅いやつなのだ。
『 よし、そうと決まりゃ善は急げだ。
さっそく魔界に向か…
『 ちょと待ったああああッ!
聞き慣れた、良く通る声に、
出立は阻まれる。
声の主は…
☆ ☆ ☆
☆ ☆ ☆
『 魔界!あたしも行く!
抜け駆けは無しだかんね!
知り合いのウェディの駆け出し吟遊詩人、
【エスタータ】。
『 うわ、また面倒くせえのが。
いつから聞いてやがった。
露骨に顔をしかめる魔族に、
頭から蒸気を出さんばかりに食ってかかる吟遊詩人。やれやれ、また賑やかな旅になりそうだ。
~つづく~