僅かに差し込む木漏れ日の光を頼りに、我々は
薄暗く鬱蒼とした『魔紅樹』の群生地帯を進む。
下手な金属よりよほど頑丈だと言われるその樹の
根元に生えていた、巨大なキノコが…
突如足を出して歩き出したのを見て、
吟遊詩人が驚きの声を上げた。
『 わっ!何あれ!
その声に驚いたのか、樹を拠り所としていた
ドラキー達が、群れをなしてバササ、と
何処かへ飛び去って行く。
『 ただの『おばけキノコ』だっつの…
アストルティアには居ねえのか?
こくこくと頷くエスタータを一瞥して、
ツキモリはいつもの調子で
ため息を吐くのだった。
…ここはゼクレス領、『ベルヴァインの森』。
王都に行くためには、この魔の森を
抜ける必要がある。
来るのは別に初めてでは無いのだが…
進んでも進んでも、こうも似たような景色が
続くのでは、やはり不安になってくると言うものだ。だが、今日は心強い仲間がいる。
『 いやー、
ツキモリが地理に詳しくて助かるよ。
前に行った時は、帰り道に、
迷子なって変な樹海に出てさ…
『 馬鹿だろお前…
ガウシア樹海に抜けるルートのが
普通は見つけにくいハズだ。
『 はは…;
迷い込んだ先、命からがらたどり着いた
村で振る舞って貰った、
ハーブ茶とクラムパイの味は
今でも忘れられん。
『 えーっ!何それ食べたい!
行こう、その村!!
急にエスタータの目の色が変わる。
しまった…余計な事を口走ったか。
今は行商人を追わねばならないので、
慌てて彼女をなだめる。
ツキモリも腕を組んで頷いた。
『 冥曜石…宝石を買うとしたら多分、
王都の貴族達だ。
あいつらの手に渡ってからじゃ
場合によっちゃ、かなり厄介な事になるぜ。
『 だな、今は急がないと。
すまん、パイはまた今度!
『 くう~、むねんじゃ!
☆ ☆ ☆
…その後もツキモリの的確な先導の下、歩き続ける。この分なら、おれ一人で行った時より数段早く
王都までたどり着けそうだ。
それにしても…
『 しっかし、ツキモリは随分と
この辺に詳しいんだな。
もしかしてゼクレスの出だったり…?
素朴な疑問を、そのまま口にしてみる。
『 まあな…
ツキモリは、背を向けたまま短く答えたが…
足を止めると、
改めてぽつりと呟きはじめた。
☆ ☆ ☆
☆ ☆ ☆
『 いや…
ゼクレス育ちじゃあるが…
本当の故郷は知らねえ。
覚えてねえが、
僕は幼少の頃…ゼクレスの貴族の所に
売られて来たらしい。
鍋のフタも買えねえような端金でな。
『『 えっ!? 』』
『 このツキモリって名だって、
本当の名前かどうか、わかりゃしねえんだ。
ともかく、物心ついた時には、
その貴族ん所で、下働き…
いや、奴隷同然の生活をしてた。
そんである時、耐えかねて逃げ出した。
そして冒険者になったのさ。
皮肉に笑いながら
淡々と語るツキモリだが、
聞く限りかなり過酷な半生である。
『 そう…だったのか…
すまん、要らん事を聞いたな…
『 別に。
魔界じゃ珍しい話でもねえよ。
ツキモリは無感情のまま答え、
おれに背を向けたまま、再び歩き出した。
が…
いつの間にかエスタータが、
ツキモリの前に回り込んでいた。
☆ ☆ ☆
☆ ☆ ☆
『 つ…辛がっだねえ”…!
『 はっ…!?
見れば彼女は目に涙を溜め、鼻声で喋っている。
目を丸くする、野郎二人。
『 う、うぜーな!
今の話だけで何で泣いてんのお前!
別に不幸自慢とかじゃねえっつーの!
『 ごべぇん、かわいそうで…ひっく!
『 ばっ…!
可哀想なのはお前の頭だろ!
『 でも~!
赤面し、早口でまくし立てると
ツキモリは再び吟遊詩人を追い抜いて
足早に歩き出した。
『 別に…もう終わった話だ!
ほら、さっさと行くぞ!
おれも続いて歩き出し、
なんとなくエスタータの隣に並んだ。
『 やれやれ。
ま、今は元気そうなのが
何よりだよな。
吟遊詩人は帽子のつばを押さえて、
目深に被り直した。
『 うん…そうだね…!
…眼前を見据えれば、
王都を取り囲む巨大な城壁の影が
見え始めでいた。
~つづく~