何が起こったのか解らぬまま、
見事に地に打ち付けられたおれ。
英雄と呼ばれる者たちに、当然敵わないまでも…
もしかしたら、少しくらいなら渡り合えるのでは、
と思える程度には、冒険者としての
経験値を持っているという自負があったのだが…
( 悔しいけど…勝負にすらなって無い…
ここまで差があるか…
服に着いた、試練場の細かな土や霜、
そして粉砕された己のプライドを手で払い除けながらおれはよろり、立ち上がった。
『 お、おみそれしました…!
いやあ、やはり おれなどでは、
王のお相手は務まりそうにありません。
精一杯笑顔を作って、後ろ手に頭を掻く。
そんな我が心中、見透かしてか、
ラダ・ガート王は、真っ直ぐにおれを見据えたまま
口を開いた。
『 ならば俺が稽古をつけてやろう。
お互い体が暖まるまで、
一つどうだ。
『 !!
☆ ☆ ☆
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☆ ☆ ☆
『 もしかして…お前は
ガートラントの騎士なのか?
あの時、突然現れたオーガ屈指の大英傑を目にして
驚き戸惑うおれに、
ラダ・ガート王はそう声をかけてきた。
次第に落ち着きを取り戻したおれは、
『剣の型に見覚えがあった』と
無表情で淡々と語る王を前に、
今度は一転、少々ばつが悪くなった。
( ひい…グロズナー王にすら
合わせる顔がないってのに…
騎士を辞めた国の開闢王、
その人に鉢合わせるとは。
こりゃ感激してる場合じゃない。
500年の時を越えた罰ゲーム、か。
恐るべきは天星郷の技術…畜生め。
ともあれ、嘘を吐いても仕方ない。
おれは腹を括り、勢いつけ、頭を下げた。
『 も、申し訳ないですが…!
おれ…自分は『元』ガートラントの騎士で…
今はしがない冒険者をやっております!
…王の言葉を待つ。
面を下げているので当然、彼の表情は見られない。
試練場に冷たい風が吹く。
永遠にも感じた、重苦しい、数秒の間。
しかし。
その後、王が発した一言は、
おれにとって意外なものだった。
『 お前、名は?
『 …えっ?はっ…
はっ、ザラターンと言います!
『 そうか。
無意識に姿勢を正し、敬礼してしまうおれを、
王は怒るでも無く、笑うでも無く。
ただ、見据えていた。
『 ザラターン。
なぜ俺に頭を下げる必要がある。
今、この場に立って居るのが
お前の『意思』ならば、
胸を張っていればいい。
『 は、はあ…
要領を得ないおれの返事を聞いて、
王はほんの少し、口角を上げた…ように見えた。
だがその後に続いた言葉に、
おれはかなり動揺する事になる。
『 …ザラターン。
こんな所で出会ったのも何かの縁だ。
一つ、鍛練に付き合ってくれんか。
『 えっ…!?
闘神ラダ・ガート…
伝説の中の住民からの、手合わせの誘い。
おそらく、ニ度と巡って来ないチャンス。
だが…どう考えても、
おれに彼の相手が満足に務まるとは思えない。
『 お、恐れながら…!
王の鍛練には、もっと相応しい相手が
いらっしゃるのでは。
例えば他の英雄達とか…
エックスさんとか…
『 いいや、俺は…名だたる英雄では無く、
現代を生きる冒険者…
お前のような者とこそ
手合わせしてみたいのだ。
よろしく頼む。
『 !!
☆ ☆ ☆
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☆ ☆ ☆
一瞬で敗北した おれに、
王は、胸を貸してくれると言った。
あるいは、情けない若者に一丁、
喝を入れてやろう、と…
そう思ったのかも知れない。
『 願っても無い事!
よろしくお願いします!
何にせよ、彼の貴重な時間と、
その心意気を無駄にするワケにはいかない。
( 食らいつけ…敵わなくとも…いや、
勝つ気で…死ぬ気で…!
殺す気で戦うッ!!
気合いを入れ直して再び剣を抜き放った
おれを見て、ようやくラダ・ガート王は
声を上げて、ニヤリと笑った。
☆ ☆ ☆
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☆ ☆ ☆
白雪の舞う白灰の試練場に
剣戟の音が響き渡った。
~つづく~