倒れた竜の元へ、僧侶が慌てて走ってゆく。
『 ま、マジか…
『 ドラゴンを…一撃で…?
一瞬の惨事に、開いた口の塞がらない一同。
その沈黙を破るように、深翠の試練場に
一陣の冷たい風が吹きすさんだ。
☆ ☆ ☆
☆ ☆ ☆
( み、見た目は まんまアレだが…
( あ、ああ、コイツ…!
☆ ☆ ☆
☆ ☆ ☆
((( やっべぇぇえッ!! )))
敵将ジア・イロンは、竜を吹き飛ばした自らの拳に、まるで埃を落とすかのようにフッと息を吹きかけた。
『 この座標の兵力の消耗が、
一番激しかったからさァ…
居ると思ったんだけどね、ここにィ。
いないのかい、エックスさんとやらはァ?
こっそり教えてくれると、
嬉しいんだけどォ…?
『 だ、誰が敵にそんな事
お、教えるかよ…!
『 俺達をナメんじゃねえぞ、
ジア・クトが!
誰かが、『舐められたらおしまい』とばかりに
ジア・イロンを睨む。
それを見てイロンは、大袈裟にため息を
吐いてみせた。
『 やれやれ…嫌われてるねェ…
でも、誤解しないでおくれよォ?
ボクはさァ…だァい好きなんだ!
キミ達、血肉を持つ生命体がァ!
『 何を…言ってる?
☆ ☆ ☆
☆ ☆ ☆
『 だって、そうだろォ?
キミ達は儚くって、美しいんだものォ!
無機質なボクらと違ってねェ!
キミ達を切り裂いたら迸る、
あの赤い体液も…
殴って骨格が ひしゃげてゆく
あの軽快な音もォ!
趣があって、ボクゥは、大好きなんだよォ…!
勿体なァァいッ!!
“滅浄の大光“で、
あっさり全部結晶化なんてェッ!!
イロンは語りながら、
天を仰いで恍惚の表情を浮かべていた。
( こ、こいつ…!!
『 エックスさんも、来てくれるかなァ…?
キミ達の、美し~い断末魔を、
この座標に、響かせ続けたらァ…!
うん、決めたァ!そうしよッ!!
そう言って、我々に向き直ったイロンの顔は、
先程にも増して、とびきり邪悪な笑みで歪んでいた。
凄まじい威圧感。
誰かが唾を飲む音が聞こえる。
( 気圧されるな…奴の思うツボだ!
魔剣を飾る、冥曜石が煌めく。
剣持つ手と、ついでに尻尾にもチカラを込めて。
精一杯の勇気を振り絞り、
おれは一歩、前へと踏み出し、叫んだ。
『 お前の好きにさせてたまるかッ!!
多くの勇気ある叫びが、それに続く。
それが、再びの開戦の合図となった。
☆ ☆ ☆
☆ ☆ ☆
しかし、その後…
イロンの圧倒的な戦闘力は無論の事、
将の出陣に伴って、やおら士気を取り戻してきた
ジア・クトの残存兵達を相手に、
戦況は次第に、劣勢に転じつつあった。
『 余力がありそうな他の戦場に、
援軍を要請して来る!
何とか持ち堪えてくれ!
『 ええ、は、早めにお願いね!
歯を食いしばって、手負いの天使の
一人が飛び立って行った。
『 『いのち だいじに』、だ!
限界だと思ったら迷わず退けよ!
ぼこぼこ死なれちゃ、
寝覚めが悪りぃってモンだ!
命の限り戦おうとする若い騎士を、
隻眼のバトルマスターが諭す。
『 ぐう…ちくしょう…!
力尽き、一人、また一人と、
戦線を離脱してゆく。
敵将、イロンの相手には、
常に10人以上の冒険者が同時に当たり、
傷ついた者を入れ替えつつの
ローテーションを組んで戦った。
合計ですでに、30人以上の
名うての冒険者を相手にしている筈だが、
当のイロンには、疲れの表情すら見られない。
『 おいおい、英雄達は、日常的に
こんなバケモンと戦ってるってのかよ…!
『 ボヤく元気があるならイロンの相手
代わってくれぇ!
き、気を抜いたら こ、殺される!
そこかしこから、悲鳴が上がる。
…侵略者ジア・クトに、
勝利できると思ったのも束の間。
幹部クラス、ただの一人に戦況は覆され、
我々は翻弄されている。
( くそ、甘く見ていたのは、
こっちだったって事か…!?
おれは頭を振って その弱気な考えを打ち消し、
ふらつく身体を叱咤しながら走った。
『 よっしゃ、おれが代わる!
『 あ、ありがて~!
~つづく~