昼下がりの、静かな部屋。
窓から差し込む陽の光を反射しながら、
ちらちらり、と、埃が舞う。
少しばかり暇を持て余して、
着席したテーブルから
なんとなく辺りを見回すと…
部屋の隅の、古びた机が目に付いた。
頑丈そうな机の上には、
無数の付箋を付けられている、
分厚く難解そうな本。
そして よく使い込まれた『秤』と、
幾つかの鉱石の入った箱が並んでいる。
さらに隣の棚を見れば、様々な薬品の瓶が、
砂時計と共に陳列されていた。
( 工房…研究室…?
『 お待たせしましたー。
ぼんやり考えていた所に声をかけられ、
ハッと我に帰る。
『 すみません、
結局、荷物まで運んでもらってしまって…!
☆ ☆ ☆
☆ ☆ ☆
そう言って、奥の部屋から
お茶のポットを運んで来たのは、ここの家主にして、先程ひと騒動あった、件の女性…
ここまでの道中で名乗り合ったが、
彼女の名は『 アレナ 』というらしい。
『 いやいや こちらこそ
逆に気を遣わせてしまった…
図々しく お茶まで頂いて!
『 いやぁ、普段、人を招く事もないので
こんな物しか出せませんで…
家も埃っぽいし…お恥ずかしい!
『 いやいやいや…埃っぽいのは
むしろ おれの方で!
『 いえいえ そんなッ!
…そうやって両者、頭を下げ続ける状況が、
しばらく続き…
しまいには、その埒のあかない状況が
なんだか可笑しくなり、
どちらともなく、笑い出してしまうのだった。
☆ ☆ ☆
『 アレナ、君は もしかして
『 錬金術師 』なのか…?
場が落ち着いてから、
おれは率直に、彼女に聞いてみた。
思えば、散らばった荷物を拾い集めている時から、
疑問に思ってはいたのだ。
彼女の荷物は…
幾つかの鉱石や野草、薬草類、染料…
魔法の小瓶に、魔力の土…
果ては、星のカケラや
よく分からない爬虫類の干物など…
とても一般人が生活に必要とする物とは
思えなかったのだが…
この家の設備を見れば
なるほど、合点もいくと いうものだ。
それに…思い返せば、
街で彼女と似たような服装…
…クロッシュウェアとフォーチュンローブを
組み合わせた服を、水色で染め上げたもの…
…を着た人を、何人か見た気がする。
もしかしたら、職業や身分を表す、
『制服』のようなモノなのかもしれない。
『 はい。お察しの通りです。
ザラターンさんの故郷にも、
錬金術って、あるんですか?
彼女は我が質問に こくりと頷き、
そして、おれにとっては少し意外だった質問で
返してきた。
『 うん?ああ、あるよ。
ツボ錬金やランプ錬金なら、
おれ達 冒険者にも身近かもね。
『 ツボ錬金…ランプ錬金…?
むむむむ…こちらではあまり聞かない
錬金術で、興味深いです!
『 そう、なのか?
おれ達が一般的だと思っている錬金術と、
エテーネ王国の錬金術は、
どうやら似て非なるモノらしい。
まあ、単純に考えても、この国と外の世界とでは、
5000年もの『時の隔たり』があるのだ。
術式とかの変容や失伝も、あって然るべき、か。
もっとも、おれは
その辺、全然詳しくは無いのだが…
アレナに乞われ、ツボ錬金の施された剣を、
腰から外して渡してみる。
彼女は その剣を、重たそうに両手に持ちながら、
しげしげと眺めた。
『 コレは…なるほど…様々な素材から
魔力だけを錬成、抽出し…
武具に付与した上で…
長期間の使用にも耐えうるように
コーティング処理…むむ…でもそれだと
あの問題が…ああーそっかぁーアレを!
でもでも、じゃあ…その代用として…
えーっと…?
…アレナはキラリ、眼鏡を光らせ、
ぶつぶつと、おれには理解できない何かを
早口で呟きながら、超特急で
『己の世界』へと旅立っていった。
おれは軽く、置いてけぼりを
食らうカタチになったが…
アレナが実に楽しそうに見えたので、
しばらく そっとしておく事にしたのだった。
昼下がりの錬金工房。
窓から差し込む光を反射しながら、
ちらちらり、と埃が舞う。
おれは ゆっくりと茶を啜ったあと、
小さくあくびをして、
後ろ手に頭を掻いた。
~つづく~