アレナから聞いた話の中で、おれは
このエテーネ王国に降りかかった
幾つもの悲劇の事と、
そして、つい最近まで この国には、
古来から国民達を導いていたという、
【 時の指針書 】と呼ばれたモノが存在していた、という事を知った。
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時の指針書とは、国民一人に一冊、
漏れなく配られる白紙の本で、
一日ごとに、国王が祭事によって
『時見の箱』から得たという神託が、
自動的に、個人個人の持つ本に
刻まれるのだという。具体的には…
例えば、朝起きたら。
『今日のアナタは、何々をしなさい』
…的な感じで、その日、己の為すべき行動が、
勝手にその本に記されている感じらしい。
( …一見、
華やかな国だと思ってたが…
そして…
定められた その行動指針に もし背けば。
『指針監督官』とかいう
王立の特務機関がやって来て、
厳しく取り締まられていた、と言うのだ。
( とんでもないディストピアじゃねぇか、
エテーネ王国…!
『 やっぱり、おかしい…ですよね?
私達は、生まれた時から
そういう生活をしてたので…
『 あ、いや…!
半ば引き気味に話を聞いていたのを悟られたか、
アレナは少し悲しそうに笑う。
おれは、慌てて取り繕おうとしてみるが…
『 …そうだなあ。
難しい事はわからんが、
国としては、そういった管理の方が、
上手く回しやすかった…のかもしれないな。
それに…自分が何者なのか?とか…
生きる意味?とか、そういうの。
いちいち
自分で考えて責任持たなくて良いってのは
ある意味じゃあ楽なのかもしれないが。
『 自分が、何者か…
『 …まあ、おれのような身の上にゃ
合わないってのも、間違いは ないかな。
君らには悪いかもだが。
…どう考えても、本音の方が漏れ出てしまう。
実際この国で生まれ育った人間なら、
また違った考えが持てるのかもしれないが…
少々バツが悪くなって、アレナから目をそらす。
彼女は少しうつむいて、何かを
考えているようだった。
『 私が錬金術師になったのも、
指針書の導きに
ただひたすらに従って生きてきた結果、
なんです…
私自身は、
錬金術を好きになれたから
別に それでも良かったのだけど…
でも、もし指針書が無かったら。
私は、どうなってたんだろう?
ちゃんと『何者か』に、なれてたのかな…
指針書の失われた この街で…
私はこれから、
どう生きていったらいいんだろう?
うつむいたまま呟くアレナを見て、
ようやく おれは、彼女が時折見せていた、
少し寂しそうな笑顔の意味が、分かった気がした。
彼女の場合は どうあれ、
きっと律儀に指針書に従って生きたって、
国民全員の幸せが
約束されていたってワケでも無いのだろう。
( だったら…答なんて決まってるだろ!
『 アレナ。
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『 前言撤回だ。
やっぱ無くなって
心底、良かったと思うぜ おれは。
その指針書ってヤツ。
『 えっ…
おれは大仰に両手を広げて笑ってみせた。
『 指針書が あろうがなかろうが…!
人間ってやつァ、生きてる限り
結局、何かで悩むし、迷うんだ!
うむ、断言する。そういうもんさ。
じゃあ、手前の意志で悩んでた方が、
絶対お得だって!
『 ザラターンさん…?
変な言い回しに首を傾げる錬金術師には構わず、
おれは力説した。
『 とにかく!
君を縛るもんは もう何も無い!
これからだって
君さえ望めば…
きっと何者にだってなれる。
どこまでだって、行ける。
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☆ ☆ ☆
『 いっそ、思い切って
外の世界に飛び出してみるってのも
面白いかもな!
『 外の…世界…
『 ああ。さっきのツボ錬金みたいに、
きっと君の琴線に触れる物が
星の数ほどあるぞ。
オーグリードの乾いた空に…
ウェナのエメラルドグリーンの海!
プクランドなんて…建物が
お菓子の見た目だったりするんだぜ?
『 お、お菓子の家…ッ!?
『 おう、壁が板チョコ風だったり…
あ、あと関係ないけど、
でっかいホルンに乗って、月まで飛ぶんだ!
『 え、えええっ!?
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☆ ☆ ☆
『 た、確かに…指針だけを追ってたら、
一生、見る事のないモノばかり、
なのかも…
アレナの真黒な瞳に、
ようやく一条の光が灯ったような気がした。
~つづく~