Ver.4ものすごく核心的なネタバレを含むので、未クリアのかたはご覧にならないことをおすすめします。
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クオードから「エテーネの歪み」と呼ばれた時見の箱だが、彼らはすべて同一の人格が株分けされた存在だという認識がある。三人が別の育ちかたをしても、記憶と経験はダウンロードで引き継げる。キュレクスはそれが人と違うことを知らなかった。それがことの発端だ。
死病に侵された「親友レトリウスたちの子」を救おうと彼は禁忌を犯した。
それはおそらく因果律を変えることだったけど、レトリウスが生きている世界は見つからず、レトリウスの子孫に時渡りの力だけが継承された。このとき、700年後の自由人の集落に飛ばされたレトリウスの指輪は、めぐりめぐってエテーネ村に残される。
エテーネの治世が平穏だったのはたぶん最初の三代だけだ。悲劇、奏楽、破軍、落日と続く歴代王の不吉な異名がそれを思わせる。第十代に律法王ホルネウスが現れるが、エテーネの法とは「指針書に従え」だ。我が記す指針書にすべての人民は従え、という法を彼は制定した。この王が黄金刑を考えたことを忘れてはいけない。
後に十五代王が時見の箱を生み出した。これがエテーネの歪みが生まれたいきさつだ。
キュルルはこうした事情をなにも知らなかった。彼が知っていたのはたぶん、マメミムの姉ミムメモから教わった中途半端な知識だけだった。時間の本質をあんまり理解していなかったから、もっともらしい言葉を並べ立てるわりにキュルルが思っていたのとはちがう方向に歴史は動いていった。後に、すべてを知ったキュルルはすべての記憶と経験と、それまでよくわからずにいた感情を得ることができた。
時見の箱はそうではなかった。
抜粋する。
「はじめて このせかいに ふれたとき
とても うつくしく きよらかな ばしょだと こころおどった」
「いつしか うたがいは かくしんにかわり
こころのなかに くろいしみがうまれるのを じっかんしていた」
「ついにはたされる このときが
そして せかいにせいじゃくが おとずれる
どれほど どれほどに まちわびたことか」
王が望む未来を予知し、それを指針書に書いてすべての人民を従わせる。やってることは呪術師の言葉を酋長が伝える集落と変わらないから、エテーネは野蛮なままだった。無垢な呪術師は疑問を持ち、エテーネという集落を支配しているのは自分だということに気がついた。
時見の箱が望む通りに、王も国も踊らせることができる。エテーネとは「永遠」で、エテーネが滅びなければ時見の箱は好きにふるまい続けることができる。たぶん彼はそれを嫌悪した。王も国も踊らせて、人を傷つけることも殺めることもできる自分の力が嫌になった。
ではどうすればいい?この世界から時間をなくせばいい。
唯一絶対の時間は存在しない。時間とは相対的な座標でしかなくて、現在は未来に影響を与えるけれど、過去と現在と未来は連続しない座標でしかない。それがこの世界における時間の概念だ。
つまり時見の箱のほかに、なにものも存在しなくなれば、相対的な時間という概念はこの世界から失われる。時間の存在しない世界で、時見の箱は彼が大嫌いな力を失うことができる。幼すぎる理由だけれど、時見の箱は、生まれたときから時見の箱以外の育てられかたをしてはこなかった。
たぶんこれがこの世界の事情。
ぜんぶが終わって世界が滅びたとき、キュルルはこれらを理解した。彼がやろうとしたのは因果律を変えることで、それはキュレクスが失敗したのとおんなじ方法だ。あのときと同じように、すべてが失敗して自分の力だけが失われる結果になるかもしれぬ。
それでもいいかとキュルルは聞いた。マメミムはこいつがやろうとしていることも、こいつが無事に済まないこともわかっていたから、こう言った。
「やれ」
もしもうまくいかなかったら、ぜんぶマメミムが後始末をつけてやる。だからおまえはマメミムに押しつけたら安心してしになさい。おんなじことを、パドレがマメミムにしてみせたことを、キュルルだって知っている。
二回目だったせいかもしれないけど、今度の禁忌はそれなりにうまくいった。たぶんそれは、どこぞの宇宙船の歴史を変えて、増殖の力を得られなかった時見の箱がマメミムたちになぐりたおされる世界線だ。うまくやったものだなあと感心して、キュルルは作家にでもなればよかったのにと思う。こいつのへぼ小説を、マメミムはよろこんで読むだろう。
推察だけど、これがVer.4の顛末だ。
エテーネは最後の王様が、手遅れになってからようやくこのことに気がついた。それは気のどくではあるけれど、気がついたあいつは立派な王様だったと思う。