多くのひとが忘れてるかかんちがいをしてるのではないかと思うのだけど、後世に「悪鬼」として伝えられるグルヤンラシュはガテリアのドワーフたちをぎゃくさつしていない。乱世の引き金を引いた伝説の魔物と言われるとおり、彼がしでかした罪によって暴走した帝国技術庁が蛮行に及んだのであって、宰相だったグルヤンラシュや筆頭研究員だったミムメモが責任を問われたとしてもそれは彼らの咎であって罪ではない。それこそ剣魔一族が滅びるまでバルディスタが侵攻したことはヴァレリアの罪ではないし、魔界大戦で敵味方もろともアスバル砲で焼き払ったことはエルガドーラの罪ではない。
戦争の当事者でもないくせに兵士をころしてまわることは罪である。
もちろんグルヤンラシュが皇帝をころしたことは罪だ。彼はウルタ皇女に断罪されたけど、死刑にされたものがしななかったからといってもういちど死刑にすることはできぬ。彼は己の咎も忘れてなかったから、せめてエテーネを滅びから救うという己に科した使命を果たそうとして残る生涯を費やした。彼を赦すという発言はグルヤンラシュの罪ではなくクォードの咎に対してのものだと思うけど、それはそれでビャン・ダオ王子に顔向けできるのかと思わなくもないし、そもそもそこまで考えてもいない発言だったかもしれぬ。
エテーネの法律には「指針書に従え」という決まりがある。
是非はおいて、たぶんキィンベルでこれを貫いたのはベルマひとりだけだった。彼女は多くのあやまちを犯したけど法に反したことはなにひとつ行わず、法に従わぬものを難詰しながら王都を駆けまわった。エテーネは魔法生物によって滅びるから魔法生物を駆逐せよ。極端な方法に走ったベルマは愚かだけれど、だからといってヨンゲやゼフやリンカが賢明だったわけでもない。従わぬならワグミカのように、キィンベルから逃げてのんだくれてたほうがいい。
ドミネウスも悪辣で愚かで数えきれないあやまちを犯したけど、時見の予知に従うかぎり彼のふるまいは法に反したものではない。村長の決定よりも巫女の予知に従えという決まりは、5000年後の小さな村にも根付いていた。指針書に盲目的に従うべきではないと考えていたクォードが、王を弾劾しようとして失敗したときにこの国が救われぬことは決定した。王ではなく指針書こそエテーネの歪みなのだと剣を突き立てたのは、グルヤンラシュが罪を犯してクォードが咎に苛まれてから後だった。
だからといって悪人はしぬべきなのか。
善悪なんてものは社会の性質でいくらでも変わってしまう。野生のヌーの群れで弱いものを助ける行為は群れ全体を危地に陥れる悪になる。原始的なエテ社会の絶対者である指針書に逆らうことが悪ならば、ドミネウスとベルマ以外の全員が悪になる。もちろんん絶対者が過ちをおかせばすべてが滅ぶから、5000年後のエテ村はひとりのこらずぜんめつした。だから指針書を盲信する王がそもそもまちがっているのだという弾劾が成功していれば、ドミネウスは追放されるか投獄されても俗物扱いされてさしころされずには済んだかもしれない。
ジーガンフがそうだったように、あやまちを犯しても生きていればやりなおす機会があるかもしれぬ。クォードは罪も咎も多くのあやまちも犯したけれど、生きていればこそエテーネを滅びから救うことができた。ころしてしまえばその機会すら失われる。ドミネウスはその機会を黒衣の剣士によって永久に奪われた。
黒衣の剣士が犯した罪についても咎についてもなにも言及されてない。彼がしでかしたことを知ってるのはファラスとマメミムと彼自身の三人だけだから、誰も彼を責めることはないけど彼がそれを忘れているはずもない。
彼が友人をころしたときは、リンジャーラ自身が暴走する自分を止めてくれたことを感謝した。彼が娘をころそうとしたときは、忠実なファラスが我が身を賭しても主があやまちを犯すことを防いでくれた。あやつられてたから仕方ないとか、ころされたのは悪いやつだから仕方ないとかなんのなぐさめにもならぬ。彼が兄をころしたことに、彼が苛まれていたとしても誰も彼になにも言おうとしない。あやつられてたから仕方ないとか、ころされたのは悪いやつだから仕方ないとかなんのなぐさめにもならぬ。
ならば貴様がころした王よりも、よほど立派なことを成し遂げて多くの人を救ってみせろ。
みじめにころされた王の娘がすべてを知れば、そのくらい言ってくれるかもしれない。