故あって、またもしばらくの間、旅に出られない状況となってしまった。
この機に、以前撮った写真を眺めつつ、旅の風景を振り返ってみることにする。
暇つぶしでもあるし、また、私自身がアストルティアを忘れないためでもある。
ここはイナミノ街道。アズランとカミハルムイを繋ぐ街道として有名だが、旅人の通らぬその奥地に、うっそうと茂る竹林がある。
薄霧の中、ひっそりと咲くのはエルトナスイセン。美しくも慎ましやかな山吹色の花びらはエルトナの花にふさわしい風雅さを醸し出す。風流とは無縁のボストロールでさえ、そのたおやかな美に心奪われたのだろうか。暴力と食欲にのみ生きるトロルの長は、水辺に咲く花を前にして微動だにしなかった。
こんな時、我々冒険者はトロル族以上に無粋な存在になる。ボストロールが目をそらした一瞬を盗んで花を摘み、そそくさとその場を離れる。エルトナスイセン。もとより高価な素材であったが、近年は暴騰とも呼ぶべき値上げが行われており、一輪の花が黄金石にも匹敵するという。高値の花、とはよくできたジョークだ。素材集めをする冒険者には垂涎の的である。
因果応報。怒ったボストロールが追いかけてくる。こんな時には竹林の密集地帯に逃げればよい。
青々と伸びた竹の香りには魔物の精神を休める効能があるらしく、興奮した魔物も、この竹に触れた途端、おとなしくなる。
さらに、しなやかにしなる竹の枝は木工職人にとって欠かせない素材であり、安定した需要が望める優良商品だ。このイナミノ街道で枝拾いに勤しむ冒険者も少なくない。
そして素材集めは、竹林からほど近く、スイゼン湿原へと続いていく。
月は夜明けを待つ蕾のように、青草を彩る。常に霧に覆われたような水の大地。その霧が晴れた時、夜空はこのような芸術を見せる。
いや、見せた、と過去形にすべきか。
淡い光を放つ蕾の月を見るにつけ、思い出すのは禍々しい赤い月。今のアストルティアにこの風景は存在しない。災厄の王を倒し、空が平穏を取り戻したなら、もう一度この景色を見たいものだ。
やがて夜が明け、太陽が花を開く。光は朝露のように葉を伝い、大地にこぼれる。空に花、地に雫。朝もやの中、浮かび上がるのはズイの塔。
カミハルムイの桜のような華やかさは無いが、移ろう時の生み出した静かな美がここにある。
そんなスイゼン湿原の特産は、やはりエルトナスイセン。そして濡れた大地にまぎれ混ざって横たわる水の樹木。こちらも安定した価格を誇る優良商品だ。
これら目玉商品の他。湿地周辺に広く湧いた清めの水と各種の草が主な収穫対象となる。決して大儲けできるような場所ではないが、景色を楽しみながら走るにはちょうどいい。
しかし、次に私がここを走るのはいつのことになるやら。
早めに旅に出られる身分になりたいものだ。