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杖の先に射抜くがごとく敵を捕らえ、真っ直ぐに見据える。敵との距離を測り、機に応じて前衛に加わるための備えである。
自ら前線に立つことを前提とする魔法戦士の杖術は他職とは一線を画するものだ。種族ごとにそれぞれが工夫を凝らしているため、構え自体は異なるものの、接敵を想定した構えであることに変わりはない。
だが私が使っている杖はあくまで練習用のもの。そろそろ実戦向きのものを購入すべきかどうか、財布と相談中である。
そんな私は今、一振りの杖を求めて旅をしていた。
と、いっても私が使う杖ではない。
私の後ろにトコトコとついてくる老賢者ブロッゲン師の愛杖。通称、杖様を探して、ドワチャッカの南東、ラニアッカ断層地帯を私は歩いていた。
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古い石畳が苔と雑草に覆われてまだらに地面を彩るのは、この大陸の辺境部には珍しくない光景だ。かつて栄華を誇った古代王国の名残か、今は辺境とされるこのアラグニ付近にも、街道が張り巡らされている。古代には美しく整えられ、王国の栄光を旅人に語っていたであろう正方形のタイルも、今や時間という無情の料理人が腕を振るう無言のまな板である。旅人は今も昔も変わらずその上に旅靴を乗せ、踏みしめ、広大なドワチャッカを行き来する。
大賢者ブロッゲンはアストルティアにその名を知られた偉大なる賢者の一人。
ヴェリナードの調査隊員が、ドワチャッカの情勢を視察していた私の耳に、大賢者の目撃情報を届けたのは数日前。
ブロッゲン師が杖様の力をもって邪悪な魔獣の一匹を仕留めたのが先日。
そして自称賢者、ルナナという娘の手により、杖様が盗まれた……誘拐されたというべきか……のが今朝のことである。
ルナナとは以前ドルワームですれ違った程度だが、多少の面識があった。
目つきは少々悪いが容姿は整っており、濡れたような黒髪にカラーを合わせつつ青と紫で彩られた魔導衣というセンスも決して悪くない。
にもかかわらず彼女の印象は……はっきり言ってしまえば、薄い。
手柄を上げようと色々と画策していたようだが、これといって成果をあげていないせいだろうか。あるいは、ドゥラ院長、チリらの印象が強すぎたせいか。名前を思い出すにも少々の時間がかかった。
今回も自ら手柄を、ということで杖様を奪って魔獣退治に赴いた模様だが、手柄を焦れば焦るほど、彼女の印象が薄くなるのは気のせいではないだろう。トラブルメーカーに過ぎない彼女は結局、それを解決する英雄を引き立てる脇役となってしまうのだ。
現に、私が気になっているのは彼女のことより、ブロッゲン師と杖様の関係のことだ。
その顔に刻んだしわが、そのまま顔になったような老齢の賢者と、どこか幼く、おどけた印象のある杖様の組み合わせは見るからに興味をそそる。これに比べれば、名声欲に駆られて暴走するだけの小娘に興味を持てと言う方が無理である。
せめてお供の一人をドワーフから背の高い種族に変えてチビ、ノッポ、悪女の三悪にしてみてはどうか。少しは印象に残るようになるかもしれない。
そんなことを考えつつ、私はラニ大洞穴を目指すのだった。