なりきり冒険日誌~未来視
夜霧の中に浮かび上がる夜景のように、おぼろな景色が私の目の前に広がっていた。
月より儚い光が混沌とした闇の中を照らし、いくつもの景色の断片が宙を舞っている。ここは世告げの姫ロディアが隠れ住む魔法空間。あらゆる物理的干渉から隔絶された別世界だ。
新たな予言があったとの報せを受け、私は三度ここを訪れた。
はたして良き知らせか、悪い知らせか。ロディアは答える代りに無言で宙を指さす。と、そこに混沌としたいくつもの映像が浮かび上がった。
それは近い将来のアストルティアの姿だった。
見慣れない機械が地を走っている。その背に乗って風を受け、駆け抜けていくのは旅人たちだ。噂に聞くドルボード。どうやら実現は間近らしい。
そして戦う者たち。その中に私自身の姿もあった。
驚くべきことに、ヴィジョンの中の私は上級魔法戦士の衣装を身に纏っていた。団長や副団長など、特に認められた魔法戦士だけに許される名誉の衣装。全ての魔法戦士のあこがれである。
だが、しがない密偵の私にそんな出世の機会があるだろうか……?
私はロディアをちらりと横目で見た。私を喜ばすための作り話ではないかと一瞬疑ったのだが、彼女にそういう茶目っ気があるとは思えなかった。今も生真面目な、ともすれば陰鬱とも取られる表情で自ら映し出した未来図を凝視していた。
そして私の顔にも、すぐに険しい表情が浮かんできた。ヴィジョンの中の私は苦戦しているようだ。
恐ろしい力と、今までにない凶暴性を秘めた何かが私の剣を跳ね上げた。そこで映像は途切れる。私の背筋に冷や汗を残したまま、次の未来が映し出される。
地の底から這いあがる巨大な手。赤く輝く第三の目。崩壊する大地。
これがアストルティアを襲う滅びなのか。
地の底の帝王にあらがう戦士たちの中に、世告げの姫たちの姿もあった。だが守るのが精いっぱいの様子だ。
各地から集まった冒険者たちが群れを成して帝王に戦いを挑む。またしても映像が途切れる。そこでロディアの世告げは終わっていた。
「この滅びに立ち向かうため、あなた方は手を取り合い、戦わねばなりません」
静かに告げる姫の口調に、私を咎める色があった。
私は魔法戦士団に所属しているとはいえ、密偵ということもあって基本的には群れを成さず一人で旅をしている。そのほうが性に合うし、またそのほうが力を発揮できると思うからだ。
私のような旅人がかなり多いことを彼女は知っているのだろう。
なぜ、手を取り合わないのか。世界を救うために孤独の道を捨て、多くの仲間と手をつないで生きろと、暗にそう言いたいらしかった。
だが、仮にも世界を救うことを目的とするならば、まず現在のこの世界を理解し、肯定するべきではないか。
孤独を愛する者が少なからず生きている世界がアストルティアなのだ。
世界を救うために、世界の在り方自体を作り変えようというならば、それは救済の名を借りたエゴにすぎない。
そんな理屈を私は語った。ロディアはうなずいたが、納得はしていないようだった。
それはそうだろう。
彼女はアストルティアを救う使命を秘めているとはいえ、今のアストルティアからは切り離されて生きている。
知識としては知っていても、現代のアストルティアで実際に生活したことはほぼ無く、アストルティアで生きるという意味を実感としては知らないのだ。
導き手である彼女らと我々の温度差が、世界に悪い影響を与えなければよいのだが……。
ともあれ、私はこの予言を報告書にまとめ、本国へ報せねばならない。
ロディアに礼を告げ、出し忘れていた土産の品を渡す。ヴェリナード名産、女王様サブレは贈答品として高い人気を誇る逸品だ。無論、味もよい。
ヴェリナードのセーリア様も仰っていたが、古代の人々から見て、現代の調理技術は非常に発展したものに感じるらしい。
サブレを手にすると、ようやくロディアは硬い表情を緩め、それを見られたことを少し恥じるように頬を赤らめた。意外な表情だった。
思えば世告げの姫としての彼女のことは知っていても、彼女個人の話は聞いたことがない。
今は無理だろうが、もっと打ち解けて話をしてみたいものだ。
サブレの食べかすを気にしている世告げの姫を見て、私はそう思った。