広々と高原の広がるギルザット地方のさらに奥地に狩人のほら穴と呼ばれる洞窟がある。
その名の通り、狩人たちが獲物を求めて入り込む洞窟だ。暗い岩肌を背景に、今日も今日とて、赤と青の魔物を追う狩人たちの姿がある。
魔物の習性を熟知したレンジャーたちが、ある時はなだめ、てなづけ、そして機を見て一気に狩り討ち取る。職人芸ともいうべき手腕である。
だが、その光景をのんびりと眺めている暇は無かった。今の私は、裏切り者を探すグロスナー王の唯一の協力者であり、共犯者なのだから。
物陰に潜み、囮である王の到着を待つ。
暗闇の中に期待と緊張、いささかの恐怖。
やがて姿を現した裏切り者は、まさかのスピンドルだった。
私ともあろうものが、一瞬、声を失った。
あの昼行燈ぶりは全て演技だったというのか?
過去の栄光にすがる無能な中年男を、この日のために演じ続けていたというのか?
そして……
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そんなスマートな体型だったというのか?
にわかには信じがたい。
光と雷の力を剣に込め、私は魔人の胴を薙ぎ払った。
するとどうだろう。生意気にも奴は闇と大地の力を獲物に宿し、反撃に打って出た。
馬鹿な……私は絶句した。
あれはまごうことなきダークフォース。あのスピンドルが、フォースの力すら手にしているだと……?
信じられない。いや、信じたくない。認めるものかよ。
私は矢継ぎ早に剣を操り出し、鋼鉄の魔人を引き裂いた。
酒場で雇った賢者が奴のビッグシールドを掻き消し、武闘家はタイガークローを容赦なく叩き込む。
決着がつくまでに、それほどの時間はかからなかった。
魔人スピンドルが魔煙を発して消え去ったその場所に、倒れていたのはスピンドル兵士長ではなく、一体の人形であった。
懐かしい顔。このガートラントでかつて関わった事件の主役でもあった、チョコ神人形。まさかの再会である。
だが、これはどういうことか……
追って調査が行われるに従い、真相が明らかになった。
先ほどの魔人はスピンドル兵士長ではなく、人形が化けた偽物であったとのことだ。まぁそうだろう。あの男がフォースを操るなどありえない。あってはならない。私は心底、胸をなでおろした。
敵は変身呪文……おそらく伝説に名を残すモシャスの呪文か……を込めた人形を送り込み、大手を振って作戦会議に出席していたというわけだ。
一方のスピンドル兵士長本人は、逆に人形に変えられ、今まで意識を失っていたという。
どうせこの失態に対しても、何やら言い訳をして言い逃れるつもりだろう、と高をくくっていた私だが、意外にも己の不始末に責任を感じたスピンドルは自ら蟄居を申し出た。
どうやらあの男にもあの男なりのプライドと責任感があったらしい。粗にして野だが卑にあらず。この点、私は素直に彼を見直した。
グロスナー王もまた、これに対し寛大な裁きを見せた。そしてスピンドルの一件については一切他言無用と告げる。
「このことが広まれば、誰もが相手を疑い、疑心暗鬼となるだろう。敵の狙いはそれなのだ」
さすがに王は最悪の事態が何かをわきまえておいでだ。
入れ替えられたのがスピンドルだけとは限らない。調査は絶対に必要だが、それはあくまで秘密裏に行い、表向きは何事もなかったかのようにふるまうのが得策だろう。
それにしても……
チョコ神人形。これに関わる人物は意外なほど多い。
チョコ神の元となったケキ神人形にはアズランのフウラやあのプスゴンが。
さらにヴァルハラの戦士たち……は、除外するとしても、チョコ神の作り手であるプクリポのピルクノも忘れてはならない。
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それを仕入れているぬいぐるみ屋や、愛好者の一人であるゼラリム姫といった面々も外せない。いずれもガートラントの住人だ。
そしてゼラリム姫とぬいぐるみの一件で、元凶となった男。
スピンドル……ではなく、そのスピンドルに疑惑を抱かせる原因となった男。
かつて城下町に現れた道化師……。
私の直感は間違っていたのかもしれない。
今回の事件は魔物商人ではなく、もっと深い、もっと直接に魔物たちに触れる者共の仕業ではないか。
道化師の嘲笑が、私の脳裏に鳴り響く。
暗雲は未だ晴れず、ガズバランの牙はその本性を巨大な顎の内に隠したままだった。