事件が解決を見ないまま、私がガートラントに滞在を開始してからかなりの時間が経過した。そこかしこで強面の兵士たちが躍起になって聞き込みを続けている。その影響か、城下の賑わいもこの町にしてはおとなしいものだ。
素材屋の看板がカランと音を立てた。風の仕業だ。どうやら今回の騒ぎは、商人たちにとっても迷惑な事件といえそうだ。
スピンドル兵士長は未だ謹慎中である。あの図太い隊長殿が、今回ばかりは参っているらしい、とは近衛兵リッグの発言だ。やはり城内でもそういう目で見られていたのか。
とはいえ、今回は兵士長らしい潔さを見せてくれた彼だ。かねてより侮った扱いをしていたことへのケジメも踏まえて私もあいさつに出向いた。
そして登城したついでというわけでもないが、かつてのぬいぐるみの一件で面識のあるゼラリム姫の部屋にも、ご機嫌伺いに参上した。
オーガらしく、女性ながら私と肩が並ぶほど長身の姫であるが、そのしなやかな体つきと上品な態度はまさしく深窓の令嬢と呼ぶにふさわしい。
彼女の美しい唇から、玉の転がるような声が零れ落ちる。美姫の言葉は、小鳥のさえずりのごとく……
「そうそう、最近、玉座の間がうるさくてかないませんのよ。おじい様たち、アホ面並べて何を大真面目に考え込んでいるのかしら」
………。しばらく見ないうちに、姫君も随分変わったものだ。これが反抗期か。
などととぼけて見せるほど、私は冗談が好きではない。どうやら、ここにまで魔の手は伸びていたようだ。
私は信頼できる者にだけひそかに連絡を取り、姫の身辺をそれとなく監視するよう命じた。
我々が感づいたことを、今の段階で敵に気取られるのは避けたい。王だけにそっと耳打ちし、本物の行方は裏から密かに捜索することとする。
あの偽物は尻尾を出すまで、監視を続けるとしよう。
もっとも、オーガの尻尾はいつも出ているが……
さて……。王は別の方面から、やはり人形との入れ替わりを調査していた。
あのピルクノから人形を仕入れているぬいぐるみ屋、ザッケスを関係者として拘束しようとしたところ、ちょうどそのタイミングで姿を消したという。
ザッケスとは以前に面識があり、オーガには珍しいインテリタイプの、真面目で気の弱い小市民である。いつ行っても売り切れているチョコ神人形の様子からして、かなり繁盛しているはずだから夜逃げとは考えられない。確かに調査の必要ありだ。
とはいえ……
過激思想とは無縁の人の好い男である。犯人というより、むしろ事件に巻き込まれた口だろう。
またも単純に私はそう思っていた。
まったく、今回の事件では裏をかかれてばかりだ。どうやら人が好いのは私の方だったらしい。
廃屋の隠し通路の奥、三つの衝撃が私を待ち受けていた。
一つ。共に突入した兵士が、前回助けた二人を除いて人形と入れ替えられていたこと。
どうやら自力で戻ってきた兵士は全て人形が入れ替わっていたらしい。二人だけ助からなかったのではなく、二人だけが助かっていたのだ。ちょっとしたホラーだ。
二つ。ザッケスが自ら黒幕を名乗り、立ちはだかってきたこと。
正直、信じられない気分だった。……だが、彼の隣にいる真の黒幕であろう男の存在が、それが冗談でも演技でもないことを物語っていた。
あの男が張り付いたような笑みを浮かべ、再び私の前に現れた。それが三つ目の衝撃。
妖魔ジュリアンテとマリーンを操り、グレンとガートラント、二つの国を混乱に陥れた闇の道化師ピュージュ。この男と並び立つザッケスは、まぎれもなく主犯の一人に違いない。
奇しくもあの時のスピンドル兵士長の疑惑が正鵠を射ていたとは……まんまとしてやられたものだ。
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兵士に化けていた彼らの手下は軽く蹴散らしたが、ザッケスは王を糾弾する捨て台詞を残して去っていった。
弁舌も鮮やかにガートラントの政治を批判するザッケス。理想に燃える革命闘士を気取っているのだろうが、まぎれもなく、ピュージュに利用されているに違いない。すなわち、魔障に連なる者たちに。
現実を無視して理屈だけで突っ走る者は必ず足元をすくわれる。この場合、最悪の形で利用されたことになる。
帰還した我々が、ザッケスの口にしたガズバランの剣について尋ねると、王はまたしても驚くべき事実を打ち明ける。
王の世継ぎ、デルタニス王子がかつて所属していた結社こそがガズバランの剣。剣の意思を継ぐものがガズバランの牙。考えてみれば二つの主張はそっくりだ、とグロスナー王。できれば、名前がそっくりな時点で思い出してほしかった。
過去に消えたはずの思想。それを利用する魔族。すでに入れ替えられた多数の人形と住民。そして姫……
事態は抜き差しならないところまで来ているらしい。