牙騒動から数日。街は活気を取り戻していた。天然の洞窟を加工して作られた宿屋には長蛇の列。旅のコンシェルジュが彼らのお目当てだ。福引に一喜一憂する旅人たち。バザーにはいつもの人だかり。ガートラントに日常が帰ってきたようである。
ヴェリナードに宛てた長い報告書をまとめながらその光景を眺めていると、傍らで退屈を持て余していた相棒のリルリラが、ぽつりと声を漏らした。
ピュージュ、と……。
あの旅芸人の行方は、ようとして知れない。プクランドでの目撃情報もあり、既にこの地からは退散したように思えたが、いずれは決着をつけねばならないだろう。
愉快犯的に国際情勢を操り、混乱に陥れるピュージュのやり方は、掴みどころがなく始末が悪い。人を笑わせ、楽しませるのが旅芸人の道ならば、奴は人を嘲笑い自分だけが楽しむ、まさに闇の道化師だ。
旅芸人にあこがれを抱くリルリラのことだ。奴に対しても、思うところがあるのだろう。理想を汚す闇の象徴として……
「え? あぁ、うん。それもあるんだけどね」
ン……? なんだ。他にもあるのか?
「あの服、いいなぁ、って」

………。そういえば、方向性が似ている。
どうやらファッションセンスに共感するところがあったらしい。
いつか衣装目当てに闇に加担しないか、彼女の将来が心配である。
閑話休題。
国同士の手続き、後始末もあり、あれから何度も私は王宮に登城している。
滞在期間が長かったこともあり、この国にも知り合いが増えてきた。おかげでいくつかの興味深い話も聞くことができた。
例えば、スピンドル兵士長が使った目くらましについてである。
支給用閃光玉。本来は対人用ではなく、魔物狩りに使用する道具らしい。投げてから光を放つまでのタイムラグと敵との距離、敵の位置を計算して使わねばならず、見かけより使いこなすのは難しいとのこと。
なんでも、飛行する魔物の鼻先で発光させ、ショックで地面にたたき落す使い方が主流だとか。
グロスナー王が主催した前回の狩りは別として、一般兵による狩りには厳密な期間制限が設けられている。
狩猟解禁は間近に迫っており、先の騒動で鍛錬の機運が高まっていることもあり、狩場の予定表は満員だそうだ。
そんな話をしていると、スピンドル兵士長が後ろから声をかけてきた。たまたまバトルマスターとして鍛錬の帰りだった私の服装を見て、彼はこういった。
「おや、キミもはがねの鎧を愛用しているのかね。私もだよ。やはり使い慣れた装備が一番だな」

よく見れば、肩周りやアンダーウェア、そして色が違うものの、スピンドル兵士長も同じ召し物だ。ペアルックですか、と近衛兵リッグが真面目な顔で言った。
コーディネイトを考え直そうか……一瞬、本気でそう考えたことは言うまでもない。
そんな他愛もない出来事と共に時は過ぎ、私が本国に帰還する日も間近に迫っていた。
一通の手紙が私の窓に届いたのは、そんな時だった。