差出人不明の手紙。それを手に取った私の顔は、いかにも複雑な表情を浮かべていたことだろう。
以下、全文を記す。
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拝啓 魔法戦士ミラージュ様
白露の頃、朝夕はようやく凌ぎやすくなりましたが、残暑の続く今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
さて、本日はお茶会の日時の連絡をお送りさせていただきたく思い、筆をとった次第でございます。
明日夕刻、オルセコ闘技場にてお待ちしております。
当日は不肖私めに代わり、美姫二人が厚くおもてなしいたします故、どうぞお気軽においで下さいませ。
この秋の豊かな実りをお祈り申し上げます。
旅芸人ピュージュ
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これは完全にからかわれてるね、と肩越しに覗き込んだリルリラが言った。私も同感である。
古代オルセコ闘技場には前々から妙な噂がある。
かつてグレンとガートラントの間に争乱を巻き起こさんと企てたあやかしの姉妹、マリーンとジュリアンテ。この二人の亡霊を見たというのである。
いや、見たどころか襲ってきた、戦った、という話も少なからず聞く。共通しているのは、その後、幻影のようにどこへともなく消えていったということだ。
そしてピュージュの言う美姫二人……。どうやらとんだお茶会になりそうだ。
私は酒場で協力者を募ると、一路オルセコ高地へと向かった。
姉妹と相対するのは初めてのことだが、幸いにして数多い旅人たちが二人に遭遇し、体験談を残している。最も警戒すべきは魅了の魔術とのことだ。
私なりに魅了への対策はしてきたが、酒場で雇った仲間たちはそうもいかない。
悩んだ挙句、私は魔法戦士でなく戦士として闘うことにした。防げないならば使わせなければいい。こんな時のために戦い方の幅を広げてきたのだ。
パーティ構成は、まず僧侶が一人。私がバイキルトを使えないので、アタッカーとしては魔法使いを採用した。
そしてもう一人……安全策をとるならば僧侶をもう一人、と言うところだが、あえて賢者を指名した。
旅人たちの情報によれば、敵はバイキルトも使うという。零の洗礼に期待しての採用だ。
敵を知り己を知れば百戦危うからず。私なりに事前準備は万端のつもりだった。
が、実戦は常にそれを上回るものである。
闘技場の門を開くやいなや、二人の美姫は不敵な笑みを浮かべ、鞭と棍棒を振り上げた。お茶会の始まりだ。
アールグレイもスコーンも期待できそうにない。
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棍棒の一撃をかいくぐり、接敵した私にしなる鞭が絡みつく。剣を閃かせ、振り払う。その隙に次の一撃が迫る。幻影とはいえ、姉妹らしく息の合った連係だった。
矢継ぎ早に繰り出される攻撃のさなか、ジュリアンテが軽く瞳を傾ける。薄く濡れた瞳が妖しく輝くと、ぐらりと視界が揺らいだようだった。これが魅了の魔力か。
幸い、私は身に着けていたレンズ……仮に「見えざる螺旋のレンズ」とでも呼んでおこう……のおかげでその瞳を緒視せずに済んだようだ。
だがその魔術は予想以上に素早く放たれる。キャンセルのタイミングはかなりシビアである。この点は私の想定外だった。
が、しかし。同時に想定外の幸運もあった。
私のギガスラッシュに、魅了された仲間が巻き込まれる。重傷を負ったが、その一撃で正気に返る。荒療治だが敵が増えるよりはこの方がマシである。
続いて刃砕きの一撃がマリーンの棍棒を叩き折る。彼女はこの技への対策を全くしていないように見える。ジュリアンテのバイキルトも、マリーンを強化するには至らない。零の洗礼は不要だったらしい。
だが今回の闘いで最も水際立った活躍を見せたのも、賢者である。
僧侶は回復専念、魔法使いは攻撃に専念、そして賢者には自らの判断による遊撃任務を与えていたのだが、これが驚くべき正確な判断で味方を援護してくれた。
魅了された仲間を正気に戻し、怒り狂った敵の気をそらし、蘇生に攻撃にと、実に全方面にソツなく対応してくれた。
さすがは知恵の守護者。万能スペルマスターの面目躍如といったところか。
やがてジュリアンテが倒れ、相方を失ったマリーンもほどなくして消滅した。
一度は消えた二人だが、魔障がその力を失わない限り、この姉妹は蘇る。
私以外にも多くの旅人が招かれていたらしい。入れ違いに次の旅人が門をくぐると、再び鞭を振り上げる音が響いた。
亡霊か、幻影か。彼女たちに時間の概念はない。時計はいつもお茶会の時刻だ。
狂気の道化師が主催する気違いのお茶会。時計そのものを破壊でもしない限り、永遠に続くことだろう。
最後に……
今回の闘いで思い知らされたのは、複数の敵を相手にした時のキャンセルの難しさである。今後の課題としておこう。