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再びドルワーム水晶宮へ。
私の持ち帰った半球体のサンプルを受け取ったルルティマだが、しばらくサンプルを弄り回すと、なんと口に入れるという暴挙に出た。
いくら僧侶が傍に控えているとはいえ、あまりに大胆な行動である。肝が冷える思いだったが、当の本人はケロリとした顔だ。
社交的な性格とはいえ、やはり研究員。変わり者には違いなかったらしい。
冷や汗をかく私を尻目に、普段は柔らかいが口に入れると硬くなるという奇妙な性質に、この世にありえない物質かもしれないと興奮気味の彼女であった。
この世の者でないなら、あの世のものか。ふと、災厄の王がいた闇の世界を思い出す。謎を追っているはずのロディアたちはどうしているだろうか……。
さて、ルルティマは約束の図書館使用権と共に、つまらないものだが、と黄色の宝石をプレゼントしてくれた。
謎の物体と宝石。天秤にかけると、彼女にとって宝石は「つまらないもの」になるらしい。
まったく、研究員の鑑である。彼女の名前は覚えておこう。
図書館での調査は、結論から言えば実を結ばなかった。
賢者ブロッゲン師や魔獣に関するいくつかの記述は見つかったものの、暴君との関連性を示すものではない。結局、今のところは他人の空似、いや他犬の空似と考えるしかなさそうだ。
目ぼしい成果と言えば、あのエルトナに仕える俳人、バショオ殿の俳句を偶然見つけたことぐらいか。
「時は果て 歯車のみが まわりつつ」
氏らしく、知的ながらどこか直線的な俳句だった。例のリドルを思い出す。当てはめてみようか。
「とき はぐ まわ」
なるほど、時は、ぐまわ。……ぐまわ?
………。特に深い意味はなさそうだ。
赤く染まったおぼろ月を背景に、手元にも三日月。ドルワーム名物、銘菓「砂漠の月」のねっとりした触感を味わいつつ、私はしばし休憩をとるのだった。
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水晶宮は遺跡として発掘され、機能を再生された城だという。その巨大さは、かつて栄えた文明の栄華を無言のうちに物語っているが、ドワーフたちの体格には少々大きすぎる感が無きにしも非ずだ。
そして水晶宮を取り囲んで作られた城下町も、全てにおいて広く大きい。住民たちの小柄さのせいもあって、閑散とした大都会という印象を受ける。
冒険者たちもあまりこの町には寄り付かないらしく、街の入り口を除けば人通りは静かなものだ。私自身、この町の、特に下層をじっくりと歩き回ったことはない。
良い機会なので、しばらく町を探索してみることにした。
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砂漠の都にラクダの厩舎。眠たげな眼で餌を食む姿を見ていると、こちらにまで眠気が伝染ってくるようだ。のんびりと、しかしたくましく、悠久の砂漠にその身を重ねて歩んでいく姿が目に浮かぶ。
行商のため砂漠を行き来するキャラバンには必需品と呼べる家畜だが、我々冒険者には縁のない乗り物である。試しに一度乗せてもらいたいと頼んでみたが、あっさりと断られた。
ドルボードが不機嫌そうにブルッと震えた、ような気がした。
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ところ変わってサロン・フェリシア、ドルワーム支店。
しゃれた雰囲気の上品な美容院だが、人影は少ない。
常連客が一名、今日も侘しい声で鳴いている。名前は閑古鳥というそうだ。
何故かカウンターに座っている店主の名はモココ。あまりに客が少ないので斬新な接客で話題を呼ぼうとしているらしいが、どちらかと言えばやけくそになっているだけのようにも見える。
何しろドルワームは広すぎる。ここまで足を伸ばす旅人は多くないだろう。美容院の位置すら知らない者もいるのではないか。
大都会の小さな住人が溜息をもらす。こんな大都市で町おこしもないものだが、旅人を呼び込むアイデアを募集中、とのことだ。
我がヴェリナードはリーネに感謝すべきなのかもしれない。
あまりしたくないが……
さて、とりあえず一息つこうと酒場に入ったところで、この国には珍しくウェディの姿があった。
声をかけてみたが……
「私はウェナ諸島からやってきた調査員なのですが、帰りの旅費を飲み代に使ってしまって帰れないんですよ」
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………。
そういえば、かつてキンナーから聞いたことがある。
ドルワームに出張に行ったまま戻らない調査員が一人いると。
もしかしたら事件に巻き込まれたのかもしれない、と心配していたが、現実は想像より情けなく滑稽だったようだ。
さて、どうしたものか……。
このまま置いておくのもヴェリナードの恥さらしだが、戻ってきても役に立ちそうにない。
とりあえず報告だけしておこう。まったく、とんだ拾い物である。