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それはまるで海の底を歩いているかのような、不思議な感覚だった。
岩肌にまばらに混じった、きらきらと光る鉱石は、暗い海底から湧き上がる泡のように紺碧の世界を彩る。丘に咲くふしぎな海草も、この場所では不思議に見えない。
紫のサンゴが花のように咲き、地底に現れた海底の世界を鮮やかに演出する。
ここはウェナ諸島のはずれ、我らが故郷レーンの村からほど近く。地底湖の洞窟に幻想的な光景が広がっている。
レーンに住む若者の多くは、この洞窟で初めての冒険を体験する。私も例外ではないのだが、久しぶりにこの場所を訪れて、その風景に圧倒されてしまった。
おそらく当時はただ目的を達することだけに精一杯で景色など目に入らなかったのだろう。
奥に進むにつれて空気は湿り、肌にしっとりと絡みついてくる。
辿り着いたのは地底の砂浜。清澄の冷泉から押し寄せる静かな波が青白い砂を冷たく染める。岩肌から零れる光が泉に跳ね返り、サンゴと海草を神秘的な色に染める。
こうやってウェナールシェルを拾っていると、シェルナーの座をかけてヒューザと争ったことが思い出される。今はどこで何をしているのやら。
と、いっても、わざわざ思い出に浸るためにここまでやってきたわけではない。目当ては別にあった。
道を囲んだウェハースの壁にロールケーキの仕切り。見上げればケーキの屋根。歩いてただけで体中が甘ったるくなりそうだ。
絵本の中から飛び出したような町、それがオルフェア。一見、実用性が無いように見えてその実、頑強に作られた数々の建築物はプクリポたちの造形技術のたまものである。
そして広場に設置された巨大な楽器がビッグホルン。旅人として町を訪れた私は管理人のプップフ氏からこれの修理点検を頼まれ、素材となるオイルを探してはるばるウェナ諸島まで舞い戻ったというわけだ。
首尾よく修理を済ませ、とりあえず吹いてみたのだが……
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一向に音が出ない。そもそもウェディの私には巨大すぎる。オーガでも難しいだろう。これに見合うサイズの持ち主といえば……災厄の王か。奴ならなんとかなりそうだ。問題はどうやって依頼するか。トロルにマナーを教えるより難しそうだ。
そんなことを考えていると、突然ホルンが私を吸い込み始める。
暗転。急転直下。
次の瞬間、私は巨大なタンバリンに叩きつけられていた。
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そういえば、このタンバリンの上でたたずむ旅人を何度か見たことがある。こういうことだったか。
どうやらプップフ氏の悪ふざけに付き合わされたらしい。
報酬として教えて貰た仕草も、大の男が使うようなものではない……
はっきりいえば馬鹿を見たことになるが、不思議と不満は無かった。
プクリポは悪戯好きで茶目っ気がある、などと言葉だけで言われてわかったつもりになっていても、身に染みて体験しなければ理解はできないものだ。
国外任務に携わる魔法戦士にとって、こういう体験も無駄にはならない、ということにしておこう。
今まで知らなかった故郷の風景を堪能できたことも、大きな収穫だった。
だがあまり無節操に写真を撮り続けてきたため、そろそろ枚数の限界が近い。
目下、アルバムの整理が急務である。