『どんなものでも貰えるかわりに、貰う自分がいなくなっちゃうなんてバカみたい』
~とある女冒険者の独白より
娯楽島ラッカランの夜は長い。夜のしじまを掻き消す喧噪がそこかしこから聞こえてくる。それを見下ろすきらびやかな邸宅こそは、島主ゴーレック氏の館だ。
家中に飾られた装飾はいかにも成金趣味といった黄金細工だが、さにあらず。箱舟の駅と一体化したこの屋敷は実に機能的である。ゴーレック氏が単なる成金ではない、優れた実務家であることがうかがわれる。
夜を知らず町を行きかう冒険者たちの姿もまた、氏の有能さを物語っている。
娯楽都市と呼ばれるこの島だが、その中心となるべきカジノとコロシアムは準備段階だ。
訪れた人々は血沸き肉躍るショーやコインシャワーの夢の代わりに、溜息のプレゼントを受け取る羽目になった。
にもかかわらずこの島が賑わっているのは、氏がほどこした冒険者向けの政策が当たったためである。
準備段階のコロシアムとその公共施設を開放し、また、宿とギルド、駅を中心とした狭い領域にあらゆる施設を詰め込む、思い切った施策である。寸暇を惜しむ冒険者たちにとっては、娯楽以上にありがたい利便性がここにはある。
そのおかげか、バザーの賑わいもなかなかのものだ。武具の類はオーグリードと比べるべくもないが、素材の取引は活発で、私もよく利用している。
そんなラッカランに、一つの歴史があったことを、マレンの記憶探しを通じて、私は知ることになった。
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箱舟の駅と連結したゴーレック氏の屋敷。正面口から駅へと急ぐ旅人に敬礼しつつ、周囲を警戒する衛兵が一人。彼の名を兵士ランディという。
今まで言葉を交わすことこそ、ほとんどなかったが、駅を利用するたびに何度顔を合わせたかわからない。
そのランディ氏がまさか世告げの姫とかかわっていたとは、少なからず衝撃だった。
マレンの過去は、サテラに比べればスケールの小さい話だったが、彼女にとっては世界のすべてより大きな出来事だっただろう。
愛に酔い、恋に生きるとはそういうことだ。少なくともウェディに伝わる古い詩は、そう語っている。
ランディに対しそれとなく話題を出してみたが、彼からの反応は無かった。
これがポーカーフェイスだとしたら、彼は衛兵よりカジノのディーラーを志すべきだろう。
そして事情を多少は知っているかと思ったゴーレック氏や周囲の人々も、マレンの名を口にしようとはしない。
単に口に出すまいとしているだけなのか、あるいは姫たち同様、記憶を封じられているのか。
愛する者の命を救う代わりに、その者を愛したという記憶すら封じられてしまう。結構な呪いだ。
それは三人目の姫、聖地パサラン団子山、もとい繋ぎ手のメルエについても同様だった。
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自由を欲した彼女が、肉体の自由と引き換えに奪われたのは記憶と、心の自由。その日から使命に生きることを宿命づけられ、彼女自身の人生は消えてしまった。
そしてロディアとコゼット。
絶望の淵にある少女たちの前に現れ、不思議な力で願いをかなえると同時に、使命の鎖で縛りつける少年。
雨露が若草からこぼれ落ちるように、ロディアは言葉を漏らした。これは呪縛だ、と。
そして彼の者の思惑が分かった、とも。
彼の者……災厄の王か、それともあの少年のことだろうか?
その表現から感じられるのは、使命をさずけた指導者に対する敬意や畏れではない。少なくとも私には、そう思えた。
コゼットは未だにロディアをロディア様、と呼ぶ。ロディアの言うところによる"呪縛"は、最愛の姉妹をも単なる主従の関係に変えてしまったのだ。
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いくつかの謎と、いくつかの推測が私の脳裏で渦を巻いて廻り、口をついて出そうになっては、また引き返す。
うまくまとめられる自信は無いが、自分自身のために少しまとめてみることにしよう。