『この世には、知らねばならないことがある』
~禁断の魔筆をめぐる冒険叙事詩の序文より
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姫たちの記憶は戻った。だが私の中に謎は残った。今すぐに謎を解くことはできないが、私自身の備忘録として、それらをここに記しておこう。
サテラの時にも記した通り、世告げの姫は時代を超えた存在なのか、あるいはその時代ごとに選ばれる存在なのか、ということがまず、一つ。
そしてレンダーシアで勃発したという戦争のこと。サテラや少女テティの年齢からして、そう遠い過去の話ではないはずだ。
レンダーシアの罪人であるサテラがエルトナのナギリ洞に幽閉されたのは国外追放の意味もあるのだろうが、それにしても、カミハルムイのニコロイ王はこのことをご存じだったのかどうか。私が聞き込みをした範囲では、答えは出なかった。逆に向こうから二つも仕事を依頼される羽目になったのだが……これについては、またのちに語ろう。
マレンのことを覚えているのかどうか定かでないランディのことも気になる。少女テティがサテラのことを覚えているだけになおさらだ。メルエの家族は、消えた娘をどう思っているのだろうか。
そして何者かに滅ぼされたというロディアとコゼットの故郷……逃げ込もうとした枯れ井戸の位置からして、ガートラント領内に二人の故郷があったことは間違いない。だがガートラント城での聞き込みも、何ら功を奏さなかった。
これら、細かい謎については、記憶の片隅にでもとどめておくことにしよう。旅の道すがら、何かの拍子に手掛かりが舞い込んでくるかもしれない。
そして最大の謎である、あの少年。
彼が世告げの姫に語った言葉と、ロディアたちが実行してきた計画の間には、矛盾というほどではないが、若干の距離を感じる。
追い出されてしまった。元の場所に帰りたいと泣く少年の言葉に対し、姫たちが行ってきたのは災厄の王との戦いだった。今のところ、この二つが結びつかない。
そもそも、災厄の王とは何者か。
何故アストルティアに襲い来るのか。
かつて戦った帝王の幻は、言葉一つ発することなく消えていった。
ふと、私は古代の伝承を思い出した。
天空の勇者に纏わる伝説の一つに、進化の秘法と呼ばれる秘術が登場する。生物の肉体に異形の進化を促す禁忌の呪術だ。
進化により使用者は強大な力を得る。だが、失うものはより大きい。すなわち、力を受け取るべき術者自身が別の何かに変わってしまう。力の代償に己自身を失うのである。
ヴェリナードの調査隊が書物をあたった結果、我々が見た災厄の王の肉体は、その秘法により変化した伝説上の帝王と瓜二つなのだという。
闇の世界より現れた災厄の王。彼奴が、かの秘法か、それに近い秘術によって変化した人間のなれの果てだとしたら。
そして彼奴を再び闇に封じることが、少年にとっての「帰還」だとしたら。
謎の少年とは、すなわち……。
…………。
いや、情報が少なすぎる。これ以上は推測を超えた空想にしかならないだろう。
私も少しルベカの推理癖に影響されたようだ。
本国への報告書には、判明した事実だけを記すことにする。
ともあれ、これで帝王の幻術を暴く用意は整った、とロディアは語る。4人の記憶が何の役に立つのかわからないが、彼女がそういうのならば信用するしかない。時が満ちれば、再び神話の戦いが始まるだろう。
前回の闘いから考えれば、私や酒場で雇う冒険者たちだけでは太刀打ちできる相手ではあるまい。再び同盟を組んでの闘いになるはずだ。
せめて足を引っ張らぬよう、そしてヴェリナードの名を汚さぬよう、自分の力を磨くことにする。