アストルティアと異世界の境目、魔法の迷宮をさすらう不思議な店があるという。
ある時は氷雪の吹きすさぶ雪原に。
ある時は格調高き厳かな屋敷の一室に。
喫茶ロンダルキア。アストルティアからはるばると、多くの旅人がこの店を訪れる。入店許可証はコインとカード。我々の世界では、どちらもちょっとした値打ちものだ。
シックなデザインのドアを開けると、軽く鈴が鳴る。簡素なカウンターの向こうから猿顔のマスターが不愛想に私を一瞥した。席と言えばカウンター席だけ。店員も裏方を合わせてわずかに3名。にもかかわらず店内はだだっ広く、そのうえ強固な石造りだ。
私がカウンターに腰掛けると、グラスを拭きながらマスターが声をかける。
「お客さん、何にします」
これは彼一流の諧謔である。答えはわかりきっている。ぼそりとつぶやくように、私は返した。
「ソーサリー」
眉ひとつ動かさず、グラスを拭き続ける。
やがて彼は紫色の背中を私に向け、奥の厨房へと引っ込んでいった。
ここは喫茶ロンダルキア。注文通りの品が届く確率、2割未満。
それでも営業が成り立つのは、私のような諦めの悪い冒険者が多いという証拠だ。
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「今日はお一人で?」
厨房から声がかかる。
「ああ」
私は答える。
3人の同行者が、音もなく私の背後に佇んでいる。彼らは酒場で雇った仲間たち。アストルティアに生きる冒険者たちの分身であり、いわば影。
今、"ここにいる"のは私一人だった。
「随分と物好きな人もいたもんだ」
「私もそう思う」
軽く笑みを浮かべる。
これは純粋な腕試し。私自身が自分の力を信じるために行う儀式だ。
ややあって、マスターが厨房から戻る。彼は蝙蝠の翼を広げてカウンターを飛び越え、広い石畳のスペースに私を手招きした。
私も席を立つ。
「さて」
バズズは凶悪な笑みを浮かべ、鉤爪を振りかざした。
「始めようか」
私は、オニキスの魔剣を構えた。