
試合開始の合図と同時に、私と武闘家がバズズめがけて駆け寄る。今の私は魔法戦士ではなく、一介の戦士。狙うは魔猿の鉤爪。刃砕きの一撃を繰り出す……否、繰り出そうとした刹那、バズズの双腕が立て続けに唸りをあげた。
一撃を耐えたと思ったのもつかの間、返す刀で魔猿の爪が私の胸を切り裂いていた。一瞬の連撃だった。
地に伏し倒れながら、後悔の念が湧く。やはり無謀な挑戦だったのか……?
だが、ここでバズズはミスを犯した。
一気に片を付けるつもりだったのだろう。残る三人の息の根を止めようと得意のザラキーマを詠唱する。
意にも介さず、二人の僧侶が私の蘇生と補助の魔法を完遂した。これまで仲間と共に挑んだ何度かの戦いで、私もバズズの十八番は把握している。ここにいる3人は影とはいえ、即死魔法への対抗手段を完璧に施された熟練の戦士だったのである。
仕切り直しとばかりに、起き上がった私がバズズに駆け寄る。呪文が通じずに動揺するバズズの右爪に狙いを定め、ひと砕きに叩き折る。と、同時にオーガシールドに体を預け、魔猿の体を奥へ、奥へと押し込んでいく。
身のこなしの軽さはバズズの身上だが、それは最大の弱点でもある。
この程度の重さであれば、私一人でもバズズの行動を辛うじて妨害することができた。やがて僧侶が重圧呪文を私に飛ばし、押し合いの体制は盤石となる。一気に壁際まで押し戻し、左の鉤爪も叩き折る。
ここからは完全にこちらのペースだ。私は僧侶たちからバズズを遠ざけつつ、体当たりで呪文の詠唱を阻止し、折を見ては再生しようとする鉤爪を再びそぎ落とす。
武闘家がタイガークローを叩き込み、魔猿が苦し紛れに振るう爪の傷口をすかさず僧侶が癒し戻す。
普通ならばこの時点で勝利はゆるぎないものと呼べるだろう。だが、この戦いにはもう一つだけ、クリアしなければならない問題点があった。
優勢に戦いを進めながらも、その時は刻一刻と忍び寄ってきた。それは、魔力の枯渇。
仲間たちの魔力は無限ではない。そして影たちは魔力を回復する手段を持たない。
だが、魔力供給のため、私が押し合いの手を止めることは戦線の崩壊を意味する。
現にバズズは、僧侶に聖水を使おうと一瞬、目を離したすきにバギムーチョの呪文を詠唱するという狡猾さを披露してくれた。
私は隣にいる武闘家をちらりと見た。このジレンマを解決するには、彼の力が必要だ。
こらえ続け、待ち続け、その時は来た。
武闘家が気合の雄叫びと共に魔猿を一喝する。腰を抜かしたバズズを尻目に、私は持ち場を離れ、魔力の供給に当たる。ほっと一息。
あとはこれまでと同じ戦いを最後まで続けるだけでいい。
何度目かのタイガークローが紫色の毛皮を引き裂き、ついにバズズは降参のサインを出した。
試合終了を知らせる爆音。
私の腕試しも、ひとまず終了だった。

仲間と共に戦い、その経験から得るものは大きい。だが時として、勝利という結果だけが残り、自分の力がどの程度のものか、わからなくなることがある。
災厄の王との決戦に向けて、この戦いは私自身の腕試しだった。
その結果は、優秀な影たちに助けられたとはいえ、ひとまず納得のいくものだった。
あとのことは、おまけのようなもの。報酬を目的にした戦いではないのだ。
「さて、今回はどんなドリンクをご馳走してくれるのかな」
再び厨房の奥に引っ込んでいったバズズに声をかける。激しい運動で喉も乾いた。彼の特製ドリンクは文字通り、疲れた体を潤す一服の清涼剤である。
バズズは不機嫌そうに溜息をついた。
「あんたに飲ませるドリンクは無いね」
怪訝な表情を浮かべる私の顔に、固く小さな何かが当たった。
手元に落ちたそれは、呪術に使われるルーン文字がぎっしりと刻まれた、魔法の指輪だった。
ソーサリーリング。これまで幾度も挑んで、手に入らなかった逸品である。
「……どういう風の吹き回しだ?」
「どうもこうもあるもんかい」
バズズは大袈裟にかぶりを振った。
「あんたみたいな変わり者に居着かれちゃ、商売あがったりだ。それ持ってとっとと出て行ってくれ」
バズズは再び背中を見せ、長い両腕を使って精一杯肩をすくめた。
その滑稽じみた仕草は、私の胸に軽い笑みと、ささやかな達成感をもたらすのに十分なものだった。
「いい店だ。また来る」
やれやれ、と猿面がため息をつくのが聞こえた。
ドアノブに手をかけると、扉の向こうから光があふれ、私をアストルティアへといざなっていく。
魔法の迷宮を彷徨う不思議な店。次に来るのはいつになるだろう。
ある時は海の底に、ある時は天を貫く機械塔の中に。
喫茶ロンダルキアは、今日も営業中である。