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暗い霧の立ち込める森の奥、ひっそりとそびえるエルフの古城。堅固に築かれた石造りの城壁は、苔生し、月日の垢にまみれても未だ屈強な姿を誇示していた。
だが、住民たちは城壁ほど我慢強くはなかったらしい。
主なき城を、からくり兵が守り続ける。ここは捨てられた城。かつてエルトナの王都として栄えた地のなれの果てだ。
木造部分はすでに朽ち果て、荒れ放題となった城内に暗い霧が忍び込む。破れた屋根からは雨露と濡れた空気も侵入する。今やこの城の住民となった彼らはかつてエルフたちが寝泊まりしたであろう部屋を我が物顔に出入りし、権威を誇った玉座も、今は夜霧に向かって空威張りを繰り返すだけだった。
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廃城の更にその最奥、王家の者だけが出入りできたという庭の中に、柔らかな光を放つ、不思議な泉がある。
水面から浮き上がった光の玉が、朽ち果てた城をも青く美しく照らし出す。それがエルトナの聖地とこの地を繋ぐ魔法的装置であることを、我々は知っていた。
いや、ここにいる全員が知っていた。
廃城の一角に集った旅人たち。そのすべてが桜のエムブレムを許された歴戦の戦士達である。彼らは皆、カミハルムイから発せられた号令に応え、戦いに駆け付けた冒険者たちだ。
エルトナを支配せんともくろんだ怪蟲アラグネ。彼奴は勇気ある冒険者の手により打ち取られたが、魔障により生み出されたアラグネの幻影は未だ、この聖地付近を漂っている。かの暴君と同じく、完全に退治することはできず、蘇るたびに封じなければならない。
ニコロイ王はチーム大使を通して冒険者たちに、アラグネの討伐を呼び掛けていた。召集に応じた冒険者たちで泉の前は埋め尽くされる。
そして我々もまた彼らと協力し、怪蟲と戦わねばならない。
ハネツキ博士によれば、暗黒大樹に世界樹としての力をよみがえらせるため、聖地の力を借りる必要があるとのことだ。
聖地を我が物顔でうろつかれては支障がある。
酒場で雇った武闘家と二人の僧侶はいずれも凄腕だが、私の指揮が魔蟲に通用するかどうか、やってみなければわからない。
多少の緊張感を胸に、私の手が光の玉に触れる。と、次の瞬間、そこにアラグネの巨大な姿があった。
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轟音と共に凍てつく波動がバイキルトの呪文を掻き消す。が、それは問題ではない。かけ直せば済む話だ。
だが、怪蟲の護衛として現れたカラクリの一体を打ち倒した武闘家は、もう一方のカラクリを無視してそのままアラグネに戦いを挑む。これは憂慮すべきことだ。
静止の声は届かなかった。
かつて一度だけ、私は幻影のアラグネと対峙したことがある。
陸亀旅団のZ氏、AST副長、そして独立した冒険者として戦っているMM氏の3人と共に、怪蟲に挑んだのだ。経験豊富な彼らによれば、あのカラクリは手早く始末しなければ厄介なことになるという。
だが、酒場で雇った冒険者を自在に指揮することは難しい。苦肉の策として、私自身がギガスラッシュでカラクリに打撃を与える。
カラクリのネジが飛び、膝が揺れる。それを武闘家は好機と見たらしい。彼はアラグネを一瞥すると身をひるがえし、カラクリに重い連撃を浴びせる。どうやら矛先を変えさせることに成功したようだ。自らが率先して攻撃目標を示すことで仲間を操る。酒場で仲間を雇った場合の基本である。
やがて仲間を失ったアラグネを4人がかりで追い詰める。僧侶二人の手厚いバックアップと武闘家の攻撃力。私はそれを呪文で補佐しつつ自らも攻撃を仕掛ける。
瀕死となった怪蟲は再び仲間を呼んだ。が、カラクリたちが援護の手を伸ばそうとしたとき、武闘家の爪は既にアラグネの急所を貫いていた。
こうして戦いは終わった。
聖地はつかの間の平穏を取り戻す。すぐにまた幻影は現れるだろう。我々はこのわずかな時間を有効に使わなければならない。