一点の汚れもなく彼方まで透き通った青空。髪をくすぐる風は柔らかく、少し湿って肌になじむ。入道雲から零れた常夏の日差しが心地よくヒレを撫で上げる。ジュレット近辺の気候は我々ウェディにとっては最適と言って良い。遠く旅路より戻ったウェディには、浜辺での日光浴が最高の贅沢である。
そのジュレットからドルボードで数刻。渡し船で辿り着いたラーディス王島は、古い歴史に彩られた島だ。最後の男王ラーディスの名がそれを物語っている。
今ではいくつかの古い遺跡を残すばかりだが、オーティス王子が王の座を目指す限り、この島の歴史は過去にはなるまい。それが良いことなのかどうか、一介の魔法戦士に過ぎない私にはわかりかねるが……
とはいえ、今は休暇中。この島へやってきたのも任務とは無関係。七不思議の一つ、海上にそびえる夢幻郷がこのラーディス王島で目撃されたと聞いての訪問である。
思えば空振り続きの七不思議探索。他ならぬ母国に関わる謎ぐらいは根を詰めて探してみようと日課のごとく通い詰めているのだが、今のところなしのつぶて。
どうやら今回も手がかりなしか、と諦めかけていたところに、相棒のエルフ、リルリラがひょんなことを言い始めた。
「あのねミラージュ。狙わず適当に撮った写真に偶然、七不思議が映ってることもあるんだってさ」
……あのな、リルリラよ。 毎日多くの冒険者が足しげく通って発見できずにいる七不思議だぞ。そんな偶然も稀にはあるだろうが、そんなことを当てにしてどうする。
「そんなこと言わずに撮ってみようよ。福引だって引かなきゃ当たらないでしょ」
その福引でも最近はコインとご縁がないのだが……。自慢ではないが、私のクジ運の悪さは折り紙付きだぞ。
「いいから!」
やれやれだ。女というのは言い出したら聞かないものである。男が選択しうるたった一つの冴えたやり方は、すなわち全面降伏あるのみ。
グリーン、ゴー。ドルボード上からパシャリと景色を撮る。どの道、探索の様子を写真におさめておく予定ではあったから、無駄にはなるまい……
「あっ、夢幻郷!」
ハッ!?
急停止。あやうくドルボードから放り出されそうになる。
「ほら、今の写真!」
慌ててリルリラの手から写真を奪い取る。
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…………。
何もないではないか。
このジョークは少々悪質だぞ、リルリラ。
「おおっ、確かに夢幻郷!」
「フッ……いいもの見せてもらったぜ!」
と、一緒に騒ぎ出したのは酒場で雇った冒険者たちだ。
……いや、気を使ってもらってすまないが、リラのつまらない冗談に付き合うのは君たちの任務に入っていないぞ。
「何言ってるんだ。はっきり写ってるじゃないか!」
「おめでとう! 君もこれで夢幻郷ウォッチャーだな!」
……な、何だというのだ、これは……。
隣ではリルリラが勝ち誇った表情で頷いている。
……私に見落としがあったのだろうか? もう一度見てみよう。
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…………。
ただの道と岩肌だ。
走りながら撮ったため、お世辞にも出来の良い写真とはいえない。
「ねっ? 夢幻郷、見えるでしょ?」
……狐につままれたような、という言葉がある。私の心境を表すには、その程度の表現では全く足りない。
地平線を埋め尽くさんばかりの狐の大群が寄ってたかってコブラツイストを仕掛けてきた、ぐらいの表現は許されるのではないか。
「さ! ドルワームの先生に見せに行こうよ!」
逆らう気力は私にはなかった。
ついでに言えば歩く気力もなかったのだが、不幸にもアストルティアにはルーラストーンと大地の箱舟という便利な移動手段があった。あっという間にドルワームへ。
こんなものを見せて、悪ふざけはやめろと怒られるのではないかと戦々恐々としていた私だが……
「こ…こ…これは
海上にそびえる夢幻郷の証拠写真じゃないですかっ!?」
……もう何も言うまい。
ドクチョル先生の言うことには、これは時空に生じたヒビを通して映った異世界の光景なのだとか。
いずれ異世界へのゲートになるだろうと大興奮のドクチョル。
「こんなに鮮明に映っているなんて……」
………。
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私がおかしいのかな……。
「謎が謎を呼ぶ、ふしぎに満ちた写真だ」
それだけは深く同意しておこう。
お礼に、と頂いたイエローオーブが後ろめたい。
アストルティア七不思議。謎は深まるばかりである。