メギストリスの城の謁見の間には、一風変わった壁飾りがある。
玉座の背後を包む、夜景を模した絵画である。
プクリポが使うにしては背の高い玉座を彩る背景は、政の場である王宮に童話じみた和やかさを与えている。
だが、玉座の主が額に浮かべた脂汗が、そんな空気を一薙ぎに吹き飛ばしてしまった。
古文書の解読が進むにつれて、ラグアス王の苦悩は深まるようであった。
「僕は信じたくありませんよ!」
呻くように言葉を吐き出す。英雄フォステイルに憧れる幼い王にとって、解明された「事実」は恐るべきものだったようだ。
古文書の曰くところによれば……
フォステイルがこの地に訪れた頃、この国はパルカラスという名の王国だった。
フォステイルははじめ、魔道士としてこの国に仕えたが、やがて反乱を起こし、国をのっとったという。
パルカラス王国の王女メギストリスを奪い、我が妻とし、女子供を奴隷にし、メギストリス王国を建国した……。
確かに驚くべき記述だが、鵜呑みにするのも迂闊というものだ。何しろ、敵が伝えていた歴史である。
味方にとっての英雄が、敵にとって悪鬼羅刹のように伝えられるのは当然のことだ。ある面から見れば悪の王国を亡ぼして新たな国を建国した正義の英雄王。逆の面から見れば平和な国にクーデターを起こした私利私欲の大悪党。それらはいずれも正しく、またいずれも間違っている。
世の中に事実は一つかもしれないが、真実は一つとは限らない。そして王たるものは時として真実以上に現実を見据えなければならないのだ。
偶然とはいえ、ラグアス王がこの件を秘密裏に進めてきたことは正解だった。新王が玉座につき、まだ間もないこの時期に自国の正当性を貶める事実を公表することは得策ではない。
もし王位継承直後の混乱に乗じて乱を企てる不届き者がいたとすれば、彼らに大義名分を与えることになってしまうからだ。
彼らは図々しくもパルカラスの後継者を名乗り正義の名のもとにメギストリス王国を糾弾するだろう。そして自分たちが利益を得られるような新しい体制を築き、それを革命と呼ぶわけだ。
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風車の丘にきらめくキラキラ大風車塔も、横から見ればこの通り。普段とは全く違うシルエットを見せてくれるが、だからといって普段見せている姿が偽物というわけではない。
それらは等しく同じものである。
私はふと、遠い彼方の地の伝説に登場する王女のことを思い出した。
セントシュタインと呼ばれるその王国の王女は、父王の治める自らの国が、かつて他の国を亡ぼしたと聞かされ、それを頭から信じ込んでしまった。
そして狂気とも呼べる思いに取りつかれ、自国を亡ぼしてでも滅亡させた国を蘇らせようと試みたという。
己の立場と、今を生きる住民たちの現実を忘れ、また歴史が持つ多面性を知らず、さらにはそれを己の利益のために利用するものの存在を知らなかったが故の過ちである。
さすがにラグアス殿はそこまで愚かではないと思うのだが……。フォステイルへの憧れが強いだけに、動揺は隠しきれないようだ。
件の古文書にはいくつかの疑問点がある。
まず、あの亡霊兵士たち。
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あの骨格は明らかにプクリポのものではない。いや、そもそもプクリポに骨があるのかどうか、そこからして疑問である。
……と、いうことはパルカラス王国とはプクリポの王国ではなかったのだろうか?
例えば、人間が住む町に大挙して押し寄せ、侵略するプクリポ軍団……
想像すると、笑ってよいものか怖がってよいものか、難しいところである。
そして、メギストリス姫の名。
滅ぼした国の姫の名を、新王国の名前にするほどフォステイルは悪趣味だろうか?
ともあれ、解読にはまだまだ時間がかかる。
我々としては、次の動きが現れるまで、ラグアス王の様子を含めて注意深く見守るしかないようだ。