時計の針が時を刻む。乾いた音と共に書物をめくる。そして無機質な音たちをかきけす、一際大きなため息。
それとなく様子を伺うつもりだったが、その必要もないほど少年の動揺は明らかだった。
まったく、優秀な解読班め!
すっかり「歴史の真実」の虜となったラグアス王の狼狽ぶりは城の兵士たちまでが噂するところとなり、そして懸念していたことがあっさりと起こってしまった。
「パルカラス王の無念、察するに余りある! 僕は謝罪をしたい!」
ラグアス王はついに、神父の元で正式な懺悔の儀式を執行すると言い出した。
さらには魔法戦士団の一員である私に、ヴェリナード王国の代表としてそれを見届けてほしいという。
人形のようにつぶらで、一点の曇りもない瞳だ。私には、少年王の持つ好ましい純粋さの、その負の側面が噴出したように見えた。
この要請を飲めば、事と次第によれば、王みずからが王国の正当性を否定する儀式に、ヴェリナードのお墨付きを与えることになってしまうだろう。
私の一存で決められることではないと一旦は断り、時間を稼いだが、王が心変わりを見せる気配はなかった。
ついにヴェリナードの返事を待たずして儀式の準備が始まる。
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厳かな空気に包まれたメギストリスの教会。沈痛な面持ちで底を訪れた、身なり卑しからぬ少年を、教会に住む少女たち、そして神父は怪訝な顔で出迎えた。
果たしてどうなることやら。固唾をのんで見守っていた私だが、ここで事態は二転三転する。
フォステイルの「罪」を記した歴史書に呪いがかけられていることを察知した神父により儀式は取りやめとなり、解呪のための探索が始まる。
聖地パサラン団子山の力を借りて呪いを解き、再び古文書を手にした王は、そこで驚きの声を上げる。
「内容が変わっている!?」
……どうも、一筋縄ではいかないらしい。
ラグアス王、ならびに彼の忠実なる調査団の報告によれば……
これまで解読した内容は、亡霊たちの怨念により歪められた歴史だったという。
清められた古文書が伝える「本当の」歴史は、メギストリス王国にとってはまことに都合のよい、正義の英雄フォステイルによる悪王打倒の物語だった。
「やはりフォステイルは英雄でした!」
晴れやかな顔で告げる少年王に、私はどんな顔を向けたものか。おそらく張り付いたような笑みでも浮かべていたのだろう。
人は自分が信じたいものを信じるものだし、プクランドの王として、建国王フォステイルの無実を支持するのは当然のことなのだが、それにしてもこの変わり身の早さはどうだろうか。
この様子ではまた別の「事実」を記した歴史書が見つかったら、すぐに見解を変えてしまいそうである。
今のラグアス王は、無邪気に古文書解明に勤しむ学者たちの仲間のようだ。彼らは定観なく、知識に淫する。学究の徒であればそれでよい。が、彼は一国の主なのだ。
もっとも、幼くして王となった少年にそこまで求めるのは、酷なのだろうが……
ともあれ、これで亡霊たちはフォステイルに逆恨みする悪王の怨念と位置づけられ、メギストリスは胸を張って討伐隊を編成できるというわけだ。
ややこしい話に発展しかけたこの一件も、何の変哲もない怪物退治の物語として落ち着くらしい。
再び王を中心に今後の対応策が練られ始める。
謁見の間に傷だらけのプクリポが駈け込んで来たのは、そんな時だった。