小柄な人影が所狭しと部屋中を駆け巡る。ドタバタと足音。本棚の上で書類の束がゆらゆら揺れる。落下まで約5秒。メギストリスの王立図書館は新たに正史に加わる歴史書の登場に大わらわだ。学者たちが小さな額を突き合わせながら持論をぶつけ合い……2,1,0。先ほどの書類束が降ってきた。目を回す学者たち。まことにご苦労な光景なのだが、演じるのがプクリポだからなのか、微笑ましい姿である。
亡霊騒動が収まり、王宮は後処理に追われていた。
思えば、五大陸六王国の中でも有数のお家事情を抱え、陰謀劇の舞台となったメギストリスが今日のような明るさを失わないのは、彼らプクリポの気性のおかげなのかもしれない。もし、この城の主が他の種族だったなら……。
プクランドに湿った空気は似合わない。ぬいぐるみのような体が絨毯の上をはねるたびに、新たな風が重い空気を窓の外へと運んでいくようだった。
我々魔法戦士団の任務もこれにて終了、と言いたいところだが、最後に一つ、仕上げの戦いが待っていた。
それは大袈裟に言えば、プクランドの歴史の総まとめとでもいうべき一戦である。
話は変わるが、私には一人の友人がいる。
彼は元魔法戦士団の一員であり、団員の中でも一、二を争うと噂されるほどの使い手だった。
その後、魔法戦士団に収まる器ではないとの団長の判断により任を解かれ、フリーの冒険者となったが、私とは何かと連絡を取り合っている。
彼の名を、仮にシャレードとしておこう。
先日、久々に連絡のつながったシャレードの話によると、彼はオルフェアで不思議な体験をしたという。
彼が語ったのは、あの英雄フォステイルにまつわる不可思議な、途方もないスケールの、耳を疑いたくなるような物語だった。
シャレードの体験談、ラグアス王や学者たちの解読した歴史書、そして偽りの太陽の時代を記したオーグリードの古い歴史書。
これらを元に、プクランドの通史をまとめておくことにしよう。今回の戦いにも関わる話である。
500年前、パルカラス王国を襲った疫病については既に述べた。
治療法を探し、オーグリードを訪ねたフォステイルは、そこで不思議な雰囲気を持つ旅人と出会ったという。
旅人の力を借り、万物を癒す霊力を宿すという氷鳥の羽を手に入れたフォ ステイルだが、羽が力を宿すには500年もの歳月が必要だった。
並の人物であれば、ここで全てを諦めているところだろう。しかし流石に後の英雄。その程度で心が折れる男ではなかった。
彼の出した答えはこうだ。力が満ちるまでに500年の時が必要ならば、500年後の世界から羽を取り寄せればよい。……まったく、天才の考えることは何かと紙一重である。しかし彼は何かではなかった。時を超える方法を探し求め、ついにその秘儀を不完全ながら手に入れたという。
特殊な呪法により開かれた"扉"により、未来への干渉を実現したフォステイルは、ここで奇妙なまでに回りくどい方法をとる。
彼は未来のオルフェアに住む一人の少女に"本"を与えた。
それは記した出来事がすべて実現する夢のノート。だが、美しい夢は二度目まで。三つめの望みは、自らに対する災厄となって襲い掛かるという恐るべき呪いの品だ。
彼女はその力で自分の夢をかなえた。いつか素敵な王様が私を迎えに来てくれる、と。
こうして少女アルウェはアルウェ王妃となり、ラグアス王子が生まれた。
王妃は二つ目の願いにより、故郷オルフェアを魔の手から救い、三つめの願いにより自ら果てた。
だが、シャレードの話によれば、この二つ目の願いは思わぬ人物に不幸を運んでしまったらしい。
思わぬ偶然から巻き添えとなって幽閉されることとなったオルフェアの警部パクレ氏がそれだ。口うるさい警部がいなくなったことでオルフェアのストリートキッズたちは普段と違った行動に出る。変化はまた次の変化を呼び、次から次へと騒動が連鎖する。風が吹けば桶屋が儲かるのだ。
最終的にその連鎖が件の羽を"扉"の前まで運ぶことになった。
500年の時を挟んで扉の向こうに待ち構えるのは英雄フォステイルだ。
かくしてフォステイルは羽を手に入れ、パルカラス王国を救った。その後、メギストリス王国が建国された経緯については語るに及ばない。
だが、連鎖はここで終わりではなかった。