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私がその光景を目撃したのは、入道雲が鎮座するウェナの青空がやけに眩しい昼下がりのことだった。
清らな水を湛える中央噴水を見下ろす町の円周部、人々の心の安息所である教会の窓を、ちょっと覗いてみたくなったのがなぜだったのか、自分でも覚えていない。
最近ではリーネ嬢の元を訪れる前にここで祈りをささげる旅人もいるというが、幸運の女神の寵を競い合って10億ゴールドの女に敵う者がいるのかどうか、私としては大いに疑問である。
そんな滑稽劇に興味があったわけでもないのだが……ちらりと目をやった先に、礼服に身を包んだ一人の青年の姿があった。
「見て、結婚式だよ」
コゼットが遠巻きに指をさす。なるほど神父の前に新郎が立ち、神父は説教を授けている。
参列客は奇妙なほどに少なく、男の身内と見受けられる数名と、旅人風の何人かが新郎側の席に座ったのみで、新婦側には人っ子一人見られない。
いや、それどころか新婦の姿自体が無いのだ。
にも関わらず、神父の説教はついに、二人の愛の誓いへと続いていく。
「死が二人を分かつまで……いや、たとえ死がふたりの世界を分けようとも。なお変わらず、生涯、互いを愛し合うことを誓いますか?」
「誓います」
私は目を疑った。そう答えた青年の横顔を、私は知っていたのだ。
普段かぶっている新兵用の兜は脱いでいたが、間違いなく、ゴーレック氏の館で何度もすれ違った顔だ。
新郎の名はラッカランの兵士ランディ。
そして姿なき新婦の名前は、マレンと刻まれていた。
亡きマレンとの婚礼。ヴェリナードの教会にて、花嫁のいない結婚式は、静かに、厳かに行われていた。
私は彼に謝らねばならないだろう。いずれ別の恋を見つけ、マレンのことを忘れていくだろうと思っていた彼は、逆に彼女を生涯、忘れない道を選んだのだ。
容易な道ではない。もし誓いを貫くなら、彼は生涯、子を持つことも家庭を持つこともないのだ。まだ若い彼の長い人生に、薬指のリングは大きな枷になるだろう。
生きるものが死者に縛られてはならない。生きる者の幸せの方が大事ではないか。そう説く者もいる。その意見には全くもって賛成だ。
だが、それでも良いでのはないか。私はそうも思いはじめていた。
マレンは恋人の命を願い、それは叶えられ、そして彼女自身は彼を失った。
それで終わりだと思っていた物語の最後に、ランディは己自身の人生を彼女に捧げると誓ったのだ。
世界の運命を背負い、闇に沈んだ姫が受け取る報酬として、それはささやかかもしれないが、世界の全てを与えられるより幸せな贈り物だったに違いない。
「たとえ死が二人の住む世界を分けようとも……」
神父の贈った陳腐な言葉が、今日だけは深く胸に響いた。
片翼の欠けた奇妙な結婚式を、コゼットも神妙な顔で見つめていた。
姉を探す自分の姿を、そこに重ねたのかもしれなかった。
彼らに祝福を与える神父が、他ならぬマレンの主導したゴフェル計画に関わっていたことなど、ランディには知る由もないことだ。
まったく、運命の神とやらがいるのなら、相当の気まぐれ屋に違いない。