波の音も爽やかに、カモメの歌も賑やかに。出航が間近とされるグランタイタス号を港に抱えるレンドアの町はにわかに賑わいを見せ始めていた。
この町の北には、一際大きく、しかし精緻なガラス細工に彩られた立派な教会がある。
この大きな教会で、小さな手のひらを祈りの形に組む少女がいる。名はテティ。星詠みのサテラを慕う少女である。
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サテラは姫たちの中では唯一、望みを達成したのではないか……そう思うことがある。
自らの大罪を、命を賭けてでも償いたい。そう願った彼女は、文字通り身を犠牲にして世界のために奔走し、そして闇に沈んだ。
彼女が望んだ形ではなかったにせよ、償いのために生涯をささげたサテラは、納得して逝ったのではないか……
だが、幼いテティにそんな理屈が通用するはずもなく、もちろん私もそんなことは話さなかった。
そして彼女には、彼女の意地をかけた大計画が存在するのだった。
「どうしてもやらなきゃいけないことがあるの!」
の一言から始まった彼女のアドベンチャーに、私とコゼットも同行することになった。
「最初はゲルト海峡の、バンジージャンプのところ!」
「バンジージャンプ見るの、私も初めて」
比べるとコゼットの方が少し年上だろうか。子供同士、旅を共にする間にすっかり仲良くなったようだ。
もっとも、私にとっては子守りの苦労が二倍になっただけなのだが。子供というのはどんなに大人しく素直な子供でも、手のかかるものだ。
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さすがにドルボードの三人乗りは難しく、私は街道をゆく隊商の馬車と話をつけ、護衛を行う代わりに我々三人を乗せてもらうことにした。体格の良いオーガの商人たちに囲まれると、人間族の少女二人はまるで小人のようである。街道に子供など珍しいのだろう。気のいい商人たちがげんこつ飴をふるまってくれた。おかげで二人の機嫌も良く、保護者役の私は楽をさせてもらったのだが……それで気を緩めたのがまずかった。
ゲルト海峡、橋上の宿。そびえるランドンの山々を頭上に見上げ、荒ぶる波とガミルゴの盾島を眼下に見下ろす絶景の宿場町にて事件は起きた。
トイレに行こうとするコゼットに気を取られ、目をそらした一瞬の隙に、テティは紐なしバンジーを決行する。
「!?」
私もコゼットも肝を冷やしたものだ。
商人バジエドの精妙な投げ縄術には感謝と感嘆の意を示さねばならないだろう。監督不行き届きのため取り返しのつかないことになったら、私はサテラにもテティの身内にも顔向けできないことになるところだった。
もっとも、あれだけの高さから自然落下し、縄で吊り上げられれば、海に激突しなくても足の骨が砕けそうだが……。子供というのは体が柔らかいものである。ということにしておこう。
ほっと胸をなでおろす間もなく、次はプクレット、汚れの谷。
またもテティが暴走する。転んだ獲物を見ないふりをする怪鳥フレスの優しさに和みながらも討ち倒し……
一見して無鉄砲に冒険を繰り返すだけに見えたテティだが、事情を知る私には彼女の気持ちがなんとなく伝わってきた。
彼女もまたランディと同じく、闇に沈んだ姫を忘れない道を選んだのだ。
頭の良い少女だ。自分の行為と結果が何を証明するのかをわかっている。非常に危うく、愚かしく、しかし健気で、いじましいやり方で証明し続ける。それは、テティの意地なのだ。
もっとも、保護者役として手放しに称賛はできない。危険なことは慎むようにと口を酸っぱくして説教しておいた。
私が説教する間、コゼットは、何か思いつめたような瞳で同じ年頃の少女を見つめていた。誰に理解されなくとも、彼女は彼女が必要だと思ったことをためらいなく実行した。その姿に、何か思うところがあったのかもしれない。
港町レンドアの教会にテティを送り届け、私とコゼットは次の姫の縁者を訪ね、レンダーシアを後にした。