貝をかたどった白の玉座の中央に、黒真珠の女王。
白亜の城、ヴェリナード城の謁見の間。美しい唇から紡がれた言葉を受け、私は深く跪いた。
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「すまないな、ミラージュ。これは私が母上……いや、女王陛下に提案したことなのだ。君にはまた苦労を掛けてしまうが……」
貝を取り巻く面々の一人がそっと歩み出る。
整った顔立ちに誠実な表情を浮かべ、高貴なマントを揺らして軽く頭を下げる。この国の王子であり、おそらくは次期君主となるオーディス王子である。
「光栄の至りに存じます、殿下」
女王陛下より私に与えられた任務は、想定通りのものだった。
王子は言われた。霧に包まれた大地、レンダーシアを最初に訪れるものは誰か。
海運の術に長ける我らヴェリナードか。国力に優れるオーグリード大陸のガートラント、グレン両王国か。
はたまた機械技術を駆使するドルワームか。
いずれも否。
真っ先に新大陸に乗り込むのは、組織の鎖に縛られない身軽さを持ち、かつ、独力で道を切り開く力を持った者たち。
すなわち冒険者たちである。
「冒険者と行動を共にし、新大陸を探索、かの地の現状を報告せよ」
それが私の新しい任務だった。
なるほど、うってつけの任務である。
魔法戦士団には気位の高いものも多く、一般の冒険者と対等に接することを嫌がる者もいる。その点、密偵として身分を隠し、旅人たちと共に過ごしていた次期のある私ならば『実績』があるというわけだ。
それに……私自身、まだ見ぬレンダーシアへの期待と憧れもある。王立の調査隊に一足先んじてかの地を踏むことができることは、純粋に嬉しかった。
「魔法戦士団のミラージュ、必ずや陛下のご期待に応えて御覧に入れましょう」
深く頭を垂れ、誓いの言葉を述べる私の頭上に「ところで……」と、気の抜けた声が降ってきた。
小太りの体を揺らして近づいてきたのは女王陛下の伴侶であり、また、この国の実質的な宰相とも呼べる男、メルー公である。
「ある人物がこの計画に協力したいと言ってきたのだよ、ミラージュ君」
はて……? 誰だろうか。私は首をひねった。
各王国の首脳陣の顔が脳裏をよぎるが、レンダーシアのことならばわざわざ他国に協力せずとも、それぞれの国が調査を進めているはずだ。
かといって、組織と無関係な個人が助力を申し出ることができるほど小さな話ではない。
「私たちも話し合ったんだけどね。そのお言葉に甘えてみようということになったんだ」
悪戯っぽくニヤリと片目をつぶる。何やら妙な感覚だ。見ると、王子は少々困ったような顔を、セーリア様は妙にうれしそうに微笑みを浮かべておられる。
女王陛下は……さすがに顔色一つ変えておられない。いや、そもそも陛下の表情を読み取ろうなどとは、一介の魔法戦士には不遜というものだ。
「すぐに協力者を君の元に向かわせると言っていたから、そのつもりでいてくれたまえ」
「はあ……して、その協力者とは?」
「まあまあ、会えばわかるよ、ミラージュ君」
くすっ、と花が揺れるような笑いがセーリア様の口からこぼれた。この物静かな女性には珍しいことだ。
その理由を、私はすぐに知ることになる。
レンダーシアの地にて何が待っているのか。そして謎の協力者とは……。
私の新しい冒険は、このようにして始まった。