潮風につられて空を仰ぐと、まばゆい光が瞳をさした。
今日も太陽はご機嫌の様子。他大陸に冬が訪れてもウェナの浜は夏日和だ。砂浜を駆ける男女の冒険者の姿は、まことに微笑ましい……
……はずもなく、彼らはお互いの様子を気に留めようともせず、瞳をギラつかせて砂に紛れた獲物を追いかけていた。
陽光を跳ね返す鈍い銀色のヘルメットから、赤い触手がちょこまかと姿をのぞかせる。タコメット諸氏におかれては、まことにご苦労なことである。
久しぶりに訪れたキャララナ海岸には、今日も変わらぬ狩りの光景が広がっていた。
ただ一つ、違うことと言えば……
「喰らうニャ! 吾輩必殺のメラミにゃーーー!!」
猫魔道のニャルベルトが冒険者に混ざってタコを追い回していることぐらいだろうか。
よくよく見渡して見れば、回りではスライムやリザードマン、果てはバトルレックスといった大物までが揃ってタコを追っている。つい最近、一般に門戸を開いた魔物使いの弟子たちが基礎修行のため、続々押し寄せてきたのである。
もっとも、かく言う私もその一人なのだが。
会話が成立するとはいえ、一応は魔物に属するニャルベルト。彼(だろう、たぶん)と共に戦うには、魔物使いとしての知識が不可欠である。
私はプクランド、オルフェア地方はオルファの丘に赴き、そこに住む偏屈な老婆から魔物使いのイロハを教わった。
あとは実戦修行というわけで、こうして久しぶりにキャララナへやってきたというわけである
個人的には、早くレンダーシアに行きたいのだが……何故こんなことに…
「うるさいニャ! 愚痴が多いと刺身にして食っちまうニャ!」
寄るな捕食者!
まったく……何故よりによって猫なのだ?
私は白波の向こうに白亜の城を仰ぎ、大きなため息をついた。
我がヴェリナードの女王陛下と、猫島の女王キャット・マンマー殿。このお二方の間で結ばれた協定の詳細までは、私は知らない。
猫と魚。相容れぬ存在として天敵同志だった両者も、最近ではジュレットで起きた事件をきっかけに、その関係を回復しつつある。
私とニャルベルトの共闘も、そうした協調路線の一部として考案されたものだということはわかる。わかるが……
私は神話の戦いの中で知ったウェナの歴史を思い出した。
かつて男王ラーディスの時代にも、暴君バサグランデに対抗するため、ウェディと猫魔族は手を取り合って戦ったという。王者のマントを身にまとった伝説の戦士リューデとキャット・バルバドがそれだ。
セーリア様は今回の話を聞き、きっとその頃のことを思い出されたに違いない。
問題は私に戦士リューデほどの精神力があるかどうか、だ。
「あぁ~、ハラが減ってきたニャ~」
そこのヒトデかタコを食え! こっちを見るな!
「ニャ!? さっきの冗談を真に受けたニャ? 言っとくけど吾輩たちはウェディなんか食べないニャ」
そうか。ならいいが……
「第一、食ってもあんまり美味くないしニャ」
やっぱり食ったことがあるのか貴様! 我が同胞をどうしたッ!
「ちょっと舐めてみただけニャ! 大体お前みたいの食ったらハラ壊すニャ!」
何がどうなってちょっと舐めてみることになったのか、詳しく聞かせてみろ! ……いや、やはり聞きたくない。
「ニャー。アホなこと言ってないで修業ニャ!」
はぁ……。今日、何度目かの溜息が砂浜に舞った。
魔物使いとして基礎を学んだとはいえ、私はあくまで魔法戦士。魔物使いを専業にするつもりは無い。
そして魔物使い以外が魔物と共闘するには、魔物との連携を完璧に極めねばならないという。
このキャララナで既にかなりの時間を費やした。魔物使いとしての修練も、体力の底上げになる程度までは行った。
そろそろ連携も仕上がってもいい頃だと思うのだが……
「そうだニャア。今、41%ってとこかニャ」
……41?
「最初が10%ぐらいだから、まあ、三分の一は終わったニャ。残りも頑張るニャ!」
………
その日の修業が終わり、白亜の臨海都市に戻る頃、私は彼に重大な使命を授ける決意を固めていた。
それはレンダーシア渡航にあたり、後顧の憂いを断ち、補給線を確保し、また、万一の場合、撤退する拠点を死守するという最重要任務である。
「任せるニャ! このニャルベルトの手にかかればお茶の子サイサイにゃー!」
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こうして私はニャルベルトに留守番を申し付け、レンダーシアに渡航することを決めた。
……ま、私も鬼ではない。まずば魔法戦士としてかの地の危険度を確認し、支障がなければ次は魔物使いとして彼を連れていけばいい。
何やら前置きが長くなってしまったが、今度こそ……
今度こそ、レンダーシアに向けて旅立つときがやってきたのである。