グランドタイタス号の甲板が波に揺れ、潮風と共に飾り旗を羽ばたかせる。この船に乗る旅人たちの心を映し出したような風景に私の口元は思わず緩んだ。
暮れかけた空の日を浴びて、カモメが一羽、船上に舞い降りる。技術の粋を尽くして建造された豪華客船も渡り鳥には止まり木の一つに過ぎないようだ。
私にも、そうだ。
この船に乗り合わせ乗客の大半にとって、この船旅はひと時の憩いの場であり、新たな旅への第一歩である。
魔の霧が海を覆ってから1年以上。レンダーシアへの航路は、ついに開かれた。
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信頼できる友と連れ立って船に乗り込む旅人の姿を尻目に、私は一人、甲板に腰掛ける。相も変わらずの一人旅だ。
「私もいるんだけど?」
相方であるエルフのリルリラが不満げに口をとがらせるが、彼女は他人の範疇に入らない。そういうものである。
まだ見ぬ新天地をめざし、一人旅立つ気分は、魔法戦士を目指して故郷を旅立ったあの日を思い出させる。あれから幾年月、念願かなって魔法戦士になり、憧れのノーブルコートを身にまとうことも許されたが、私は結局、何も変わってはいないのだろうか?
……否。
今、私はグランドタイタス号がかき分けていく大海原の向こうに、幾人かの旅人の姿を思い描く。
そしてまた、船の後方へと流れていく白波の彼方に、同じく幾人かの旅人の顔を思い浮かべる。
一足先に新天地へ向かった盟友たちの背中に待っていろよ、と呼びかけ、また、5大陸で今しばしの時を過ごす盟友たちに待っているぞ、と囁く。
いつの間にやら、私にもそういう繋がりができていた。
その変化が私にとって喜ばしいものなのか、そうではないのか。それは、これからの旅が教えてくれるだろう。
「教えてもらうつもりじゃ、いつまでたってもわからないんじゃないの」
と、リルリラがくすりと笑った。
「自分で決めなきゃ、ね」
リルリラも、言うようになったものである。
船旅はまさに順風満帆だった。
途中、ちょっとしたトラブルもあったようだが、居合わせた他の冒険者が上手く解決したらしい。おかげで私は楽をさせてもらった。
しかし乗客の中に一人だけ、気になる男がいた。
開拓者風のテンガロンハットをかぶり、外套を羽織ったその優男とは、二、三の言葉を交わしただけであったが、その際、首筋に鱗のようなものがちらりと見え隠れした。竜を思わせる鱗……。
かつて存在したという竜人族を連想したのは、私の考えすぎだろうか? 彼もまたレンダーシアへと赴く旅人の一人。いずれまた、会うことがあるかもしれない。
やがて船は魔の霧へと突入する。
ここからは順風満帆とはいかず、霧の影響で大いに航路が逸れたようだ。
我々は仕方なく上陸可能な砂浜へ、ボートで上陸することとなった。
ボヤく乗客も何人かはいたが、ほとんどの乗客は冒険者か、それに準ずる旅人たち。ハプニングはお友達、だ。
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気が付けば日は既に落ち、夜のレンダーシアが我々を迎えた。
星がよく見える、美しい砂浜だったが、吹く風はどこか寂しく、物憂げな空気が浜を包んでいた。
海辺の集落の人々の様子も何かがおかしい。どうやら既に冒険は始まっているようだ。
普段ならば一晩待ち、朝になってから探索を行うところだが、新天地の砂を踏みしめた冒険者に冷静になれと言う方が無茶というものである。
こうして、新大陸の最初の探索が始まった。
果たして、何が待っていることやら……?