某月某日。ジュレットは白亜の臨海都市、我が家にて。
私は珍しく気分よく、鼻歌交じりにデスクワークを片付けていた。
後ろにはあきれ顔のリルリラ。散歩に出かけていた猫魔道のニャルベルトは、今しがた帰ってきたところだ。
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「ニャ? 何かあったかニャ? ニヤニヤして気持ち悪い奴だニャ」
相変わらず失礼な猫だが、今の私はそれが気にならないほど気分がいい。ニヤリと笑って手元の広告チラシを投げてやった。
「ニャんだこりゃ……ニャにニャに……出動!ドラゴンキッズ……気になる方はオルファの丘まで」
魔物使いのおかみさんこと、クラハ殿が出した広告文だ。どうやら魔物使いとして腕を磨いていけば、彼女の元にいるドラゴンキッズと任務を共にできるらしい。
「修業にも身が入ろうというものではないか。なあ、ニャルベルト」
「ニャ? このトカゲ、そんなに珍しいニャ?」
「お前もグランバニア王の伝説ぐらい、聞いたことがあるだろう」
天空の勇者にまつわる伝説の一つ。その中でドラゴンキッズのコドランは若き英雄王を大いに助け、活躍したという。
子供時代にその話を聞いて以来、いつか私もドラゴンキッズと旅を共にしてみたいと思っていたのだ。
「でも、別にもらえるわけじゃないニャ。借りるだけニャ」
ニャルベルトの言う通りだが、重要なのはそこではない。ドラゴンキッズを仲間として育てた魔物使いがいる、ということが大事なのだ。
つまりドラゴンキッズのスカウトの書は、この世のどこかに必ず存在する。
「それが手に入ったら、お前も小トカゲを育てるニャ?」
無論だとも。伝承の通りなら、各種の強力なブレスと爪による攻撃が得意なはず。そう、爪……となれば魔法戦士である私との相性は抜群だ!
「………魔法より相性いいニャ……」
もっとも、ドラゴンなのにタイガークローを使うのかどうか、疑問ではあるが……
「…………」
いや、伝説に名を残した武闘家「無敵の龍」はライバルである「最強の虎」への敬意を込め、自分の技に虎の名を刻んだという。この場合も似たようなものか……
「………………」
おお、そうだ。仲間になった時に迷わないよう、今から名前を考えておかなければ。やはりコドランか……いや、しかし同じ名前のドラゴンキッズがアストルティア中にいそうだな。リバスト……ちょっと立派すぎる気もするな。
「………………………」
ニャルベルト、何か良い案は無いか? 魔物の名前ならお前の方が詳しいだろう。
「……………りもニャ」
うん? なんだって?
「裏切りもニャーーーーーーーーーーー!!!」
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叫ぶが早いが、ニャルベルトは出て行ってしまった。
「ミラージュ、デリカシーなさすぎ」
リルリラがあきれ返った顔で呟いた。
「猫ちゃんの気持ちも考えてあげなよ」
…………。
そうか。新しい仲間ともなれば、ニャルベルトとは出番を争うライバルになるのか。これは迂闊だった。
「あの子、グレちゃうんじゃない? あるいは猫島に帰っちゃうとか」
……どうだろう。キャット・マンマー殿の手前、そういうわけにもいかないのだが。
とりあえず鰹節あたりで機嫌を取っておくか……それでダメならジュレットの酒場で焼き魚定食あたりを奢ってやるとしよう。
「お前を焼き魚にしてやるニャ」
ぬっと窓から顔を出してきたのは、出ていったはずのニャルベルトだ。最近、腕を上げてきた彼のメラミの威力を考えると、あまり笑えないジョークなのだが……。
「笑えなくしてやるニャーーーー!!!」
その日、白亜の臨海都市の一角でボヤ騒ぎが起きたことが、日刊ジュレット通信の片隅に掲載された、らしい。