某月某日。レンダーシアにて。
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流れる水音が耳に心地よい。ウェディの私には有難い環境だ。関所での多少のやり取りを経て、ワルド地方に足を踏み入れた我々を待っていたのは、水の恵み豊かな水源の光景だった。
木々と大地を彩る濃淡それぞれの緑と、木製の水管が見事に調和し、それを流れる清らかな水が人々の喉と目を潤す。水源は滝となり流れ落ちる水もその彩に花を添え、素朴だが美しい風景が広がっていた。
ワルド水源地方。ここはレンダーシアの水瓶とでもいうべき場所なのだろう。初めて訪れたにもかかわらず、どこか懐かしさすら感じる、気分の落ち着く場所だった。
湖の上には小さな集落があり、おそらくはこの水源の管理を生業としているのであろう人々が慎ましく暮らしていた。5大陸から渡ってきた冒険者の一部も、ここを拠点に使用しているようだ。
私もここでしばしヒレを休め、人々の話に耳を傾けつつ景色を楽しむ。
水源を形作るのは、北の山々から流れ落ちる水である。山頂から下る川の流れが、このなだらかな高原で湖となり、さらに水路を通じて平野へと流れ落ちる。
水路は南西と南東に分かれて川となり、それぞれの地方に水の恵みを伝えているようだ。水路には水しぶきが常に舞い、ただでさえ幻想的なレンダーシアの光景を霧雨のように包み込む。もっとも、どう転んでも服が濡れるので難儀する旅人もいたようだ。
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他に目を引くのは、木々からぶら下がった、虫食い穴の開いた球体。
一見すると木の実のようだが、よく見れば人工的に枝からつるされていることがわかる。どうやらこの地方では一般的な明かりらしい。夜になると虫食い穴から光を放ち、驚くほどの明るさを実現する。
この明かりといい、水管といい、この地方では我がヴェリナードの遺跡やドルワームのカラクリのように魔法や古代技術の類は使わず、自然に根差した技術で暮らしを成り立たせているようだ。
これがレンダーシアの標準なのか、この地方独特の文化なのかはわからないが、報告書に記しておく価値はあるだろう。
水を運ぶ管については、これを利用した「クールなアトラクション」が予定されているらしい。
流れる水。木製のスライダー。入口と出口。そして上から下へと流れ落ちることの利便性。なるほど、つまり……
……流しそうめんか。エルトナ文化がレンダーシアまで渡ってくる光景は是非、見てみたいものである。
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ふと顔を上げると、遠く彼方に風車のような影が見える。ワルド水源から西、メルサンディは穀倉地帯だという。農業に使われる風車の類だろうか。
東、デフェル荒野には凶暴な魔物が多く、まずはメルサンディに行った方が安全だと、旅慣れた冒険者からアドバイスを受けた。
が、しかしそう言われて素直にメルサンディに向かう性格ならば、私はレンダーシアくんだりまで足を延ばしてきはしない。新大陸探索は女王陛下のご命令だが、私自身、一人の旅人として旅を大いに楽しむつもりである。
そういうわけで、次の目的地はデフェル荒野と決まった。
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東方に目を向けると、遠く、渦を巻く煙に包まれた柱が見える。
山か、塔か。霧と煙に掻き消され、その頂きは見えない。
果たして、何が待っていることやら……?