某月某日。レンダーシア探索の旅はまだまだ続く。
ピラミッドで協力してくれた酒場の冒険者たちと別れ、改めて相方のリルリラ、そしてようやく魔物使い以外でも連れまわすことが可能になったねこまどうのニャルベルトを仲間に加える。
本日の目的地はアラハギーロ王国。我々にとってはレンダーシアで初めての巨大都市である。

砂漠を超え、ドルボードで南下していくと、ほどなくしてオロシャ風の建造物の姿が視界に入ってきた。
これがアラハギーロ王国か! と、勇んで足を踏み入れた先は、まるで迷宮のような狭い通路だった。
敵の侵入に備え、城塞化しているのだろうか……だがそれにしても、殺風景に過ぎる。
しばし首をかしげていたのだが……
「何やってるニャ! あっちニャ! 町の入り口はあっちだニャー!!」

ニャルベルトの指さす方角に、確かにそれらしい門が存在した。どうやらここは正式な出入口ではなかったらしい。
少々出鼻をくじかれた思いだが、改めてアラハギーロ王国に足を踏み入れる。

アルハリ砂漠の宝石と呼ばれるアラハギーロの街は、砂漠の都市がそのまま城の中に収納されたような、壁の中の街だった。街を覆う天井はそのまま城郭となっているらしく、国王は文字通り彼らの頭上に君臨しているというわけだ
ここを治めるベルムド王は非常に住民から慕われているらしく、街ゆく人々に道を軽く訪ねただけでも、二言目には王を称える言葉を口にするほどだ。我がヴェリナードの女王陛下も国民からは慕われているが、この人気はそれを凌駕すると言ってよいだろう
……もっとも、それが良いことなのかどうかは、少々疑問である。ここまで国王のことばかり話題に上がるというのも、あまりに極端すぎる。不自然なのだ。
これがアラハギーロのお国柄だ、と言われればそれまでではあるが……。
だが、旅人向けの酒場に顔を出し、そこで話を聞くうちに、だんだんと事情が呑み込めてきた。
全てを語るつもりは無いが、大まかなことだけを下記に記す
酒場とは旅人にとって常に貴重な情報源である。酒で軽くなった人々の口は、実に様々なことを教えてくれた。
過去に戦争があったこと。その戦争により、町の住民はあるモノを失ったこと。
はたして「それ」が誰に、どのようにして奪われたのか。それは聞き出せなかった。失われたのだから、答えようがないのだろう。
ただ、戦争という言葉に、一つの記憶が頭をもたげた。
星詠みのサテラが語った過去。それはアラハギーロのことだったのだろうか。
できるならあの整った青髪の姫に直接、それを確かめたいものだが、それが不可能となった今、我々はただ想像することしかできない。
ただ、もしこの推測が正しいのであれば、この国の力になることは、彼女の果たせなかった願いをかなえることになるのかもしれない。少しぐらいは、意識しておくことにしよう。
王の異常なまでの人気にも、合点がいった。
彼らが奪われたモノは、彼らの存在自体を揺るがすモノだった。
そこに王が与えた二つのものは、ぽっかりと空いた穴を埋めるために必要不可欠なものである。
それまでの自分を誰かに奪われ、現在の己自身を定義づけるものを王から与えられた街。
孤独の胸に灯をともし、御言葉に我が身染める。「神よ……」!!
彼らにとってベルムドは神に近い存在なのだろう。
砂漠の宝石は自然のままでは輝かない。人工の光は強く、しかし一直線で彩りを持たない。これまでの旅で現実離れした光景は少なからず見てきたが、この国に漂う違和感は、ある意味ではそれらを超えるものと言って良いだろう。
果たして王の意図はどこにあるのか。女王陛下からの書状をベルムド王に手渡すのは、状況が明らかになるまで待った方がよさそうだ。
「ロクな奴じゃないニャ! あんニャ奴!」
口の悪いニャルベルトが普段にも増して不機嫌なのは、ある事件を目撃したせいである。その事件については、今はまだ語るまい。だが、王の政策が全てにおいて上手くいっているわけではない、という象徴にも思える出来事だった
持たざる者たちの空白地帯に砂漠の王ベルムドが作り上げたデザインド・ワールドは、綻びを見せ始めている。
この街にはネゴシエイターが必要だ。与えられたままの己を享受するのではなく、力強く意思を貫き、模索し、自分自身を獲得する人間が。
だが、それができるのは余程強い意志を持った者か、もしくは……
この国を外から見ることのできる者か。
5大陸でも各国の危機を救ったのは勇気ある旅人たちだった
ヴェリナードの使者でもある私は、あまり表だって動くわけにもいかない。
冒険者たちの「ショータイム」を期待しつつ、しばらくは探索を続けることにしよう。