某月某日、レンダーシアにて。
年末の休暇を利用した修業にも一区切り付き、私はレンダーシアの探索を再開した。
謎多きアラハギーロ王国に一旦、別れを告げ、現在我々はワルド地方から西、メルサンディ穀倉地帯を目指している。
道連れは相方のリルリラと猫魔道のニャルベルト。猫一匹増えただけで、道中は大分やかましくなった。
「せめて賑やかになったと言えニャーのかニャ?」
ま、意味は同じである。
旅のさなか、アラハギーロで購入した大陸地図を見ながら、私はこれまでの旅路を図面上でなぞってみた。
地図の語るところによれば、レンダーシア大陸は霧に包まれた中央の内海を囲む環状の大陸であり、我々の上陸したココラタの浜辺は、北西の端にあたる場所である。
我々はそこから東へ、東へとコニウェア平原、三門の関所を通り、やや南に下って辿り着いたワルド水源は内海の北に接する位置にあるようだ。
ここより北への道は旅人向けに開かれてはいないが、やはり水源に水をそそぐ山々が連なる、山岳地帯のようである。
ワルドの東には荒涼たるデフェル荒野が広がる。
ワルド水源とデフェル荒野は地域分類上、隣り合った土地ということになっているが、実際にはかなりの距離がある。環境がガラリと変わるのも無理もない話だ。
広大なアルハリ砂漠を有するデフェル荒野とアラハギーロ地方はレンダーシアの北東地域の大部分を占め、その面積は大陸のおよそ約三分の一を占める。これらを支配するアラハギーロ王国は、かなりの国力を持つに違いない。ベルムド王の動向には、ますますの注意が必要になるだろう。
地図はいつも、多くのことを教えてくれる。自らの目で見た景色と全体を俯瞰する視点の二つを重ねることで、旅は旅そのものの意味を生き生きと主張し始める。旅人が住む場所はまさにそこであり、今、私は旅人だった。
さて、我々の目指すメルサンディは内海の西側に接する広大な穀倉地帯である。さしずめレンダーシアの食糧庫といったところだろうか。
水路を伝い、南西を目指すと、風車の影がよりはっきりと、我々の視界に映り始めた。
グレンにも風車の立ち並ぶ一帯があるが、荒れ果てて荒野と化したグレンの風車地帯とは違い、ワルド水源より流れる潤い満ち満ちた水の恩恵を受け、黄金の麦畑が美しく輝くメルサンディ地方は、穀倉帯の名に恥じぬ豊かな土地であった。
金色の鱗を持つドラゴンキッズ、黄金の毛皮に身を包むゴールドオークといった魔物たちが麦穂の輝きに彩を添える。麦の実りに手を触れると、さらさらと心地よい感触が肌に伝わってきた。
「ニャんだか昼寝でもしたくなってきたニャー」
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もっとも、一面の黄金というわけにもいかず、崩壊した風車や枯れ果てた麦の姿も目立つ。この地を襲った災厄の傷跡だろうか。
事情を確認すべく、我々はメルサンディ村を訪れた。
肥沃な穀倉地帯を背景に栄えるかに見えたメルサンディ村だが、想像よりはるかに小さく、静かな村だった。
こんな小さな村で、果たしてこの広大な穀倉地帯を支えるだけの働き手が賄えるのかどうか、少々心配になってくるが、どうやら今はそれを心配している暇はないようだ。
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崩壊した風車と同じく、いやそれ以上に徹底的に破壊されつくした家々が、この地の惨状を物語ってた。
人々の表情は宵闇に溶け込むほど暗く、闇夜を照らす灯は、今は死者を迎える鬼火のように、不気味な光をその虫食い穴の内から覗かせていた。
畑にはズタボロになった案山子が寂しげにたたずんでいる。村の惨状から察するに、どうやらこの案山子はカラスを追い払うには十分でも、魔物を追い払うには役者不足だったようである。
事情を聞くべく村長の家を訪れたが、留守らしい。そして周囲の様子も慌ただしく、半ばパニックに陥っている者もいた。
どうも、何事か起きているようだ。のんびりと旅の疲れを癒している場合ではないらしい。
紫色の空の下、我々は村人たちへの聞き込みを開始した。